あまり期待してお読みになると、私は困るのである
いま考えてみると、その他にも、たくさんの不思議な前兆があった。
ずいぶん猛烈のしゃっくりの発作に襲われた。
私は鼻をつまんで、三度まわって、それから片手でコップの水を二拝して一息で飲む、
というまじないを、再三再四、執拗に試みたが、だめであった。
–太宰治 「春の盗賊」
太宰治の「春の盗賊」は名作です。
あんな、でたらめなはなしはありません。
手。雨戸の端が小さく破られ、そこから、白い手が、女のような円い白い手が、すっと出て、
ああ、雨戸の内桟を、はずそうと、まるでおいでおいでしているように、その手をゆるく泳がせている。
どろぼう! どろぼうである。どろぼうだ。いまは、疑う余地がない。
私は、告白する。私は、気が遠くなりかけた。呼吸も、できぬくらいに、はっと一瞬おどろきの姿勢のままで、
そのまま凝固し、定着してしまったのである。指一本うごかせない。
棕櫚(しゅろ)の葉の如く、両手の指を、ぱっとひろげたまま、活人形のように、
ガラス玉の眼を一ぱいに見はったきり、そよとも動かぬ。極度の恐怖感は、たしかに、突風の如き情慾を巻き起させる。
それに、ちがいない。恐怖感と、情慾とは、もともと姉妹の間柄であるらしい。
どうも、そうらしい。私は、そいつにやられた。
ふらふら立ち上って、雨戸に近寄り、矢庭にその手を、私の両手でひたと包み、しかも、心をこめて握りしめちゃった。
つづいて、その手に頬ずりしたい夢中の衝動が巻き起って、流石に、それは制御した。
握りしめて居るうちに、雨戸の外で、かぼそい、蚊の泣くようなあわれな声がして、
「おゆるし下さい。」
–太宰治 「春の盗賊」
しかも、心をこめて握りしめちゃった・・・
さらに、その手に頬ずりしたい衝動が・・・!!!
突然口をついて名言が出てきたときや、
いつまでたっても止まらないシャックリにはご用心。
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