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聖なる夜の戦い

風邪をひきました。



30代独身男性によくある自暴自棄に見まわれていた私は、自宅でウィスキーをがぶ飲みした揚句、前後不覚になり、次の日、頭痛と吐き気で目が覚めたのでした。

それが、水曜日のことです。



体長が悪いのは、飲みすぎたせいだと自覚しているので、とりあえず、マスクをして出勤したのでした。



酔いはさめているはずなのに、一向におさまらない腹痛によって異変を自覚したのは、木曜日の午後です。

でも、まあ、大丈夫だろうとたかをくくっていたのですが、これが、案外大丈夫ではない。

頭ははっきりしているのですが、体が動かない。胸のあたりが絶えず苦しい。

おなかがすくと、下腹にぎゅーっと締め付けられるような痛みを感じて、何も食べたくなくなる。



な、感じが2日ほど続きました。



んで、この3連休です。

この3連休に私は、部屋の掃除をしようと思っていました。

3連休を使ってまで頑張らなければならないくらいまでに、部屋が散らかっていたのです。



土曜日の朝。

8時くらいに目が覚めて私は横になったまま体調が整っていないのを確認して、このまま寝ていようと思いました。極めて妥当な判断です。

ただ、何かが、私をせきたてます。部屋の惨劇はそれほどまで看過できないところまで来ていたのです。

やれやれ、と起き上った僕は、マスクをつけ、タオルを頭に巻き、ゴム手袋をして、部屋の掃除に取り掛かったのです。



玄関と、台所付近の片づけを終えた時には、一向に収まる気配のない腹痛にくらくらする頭痛が加わり、

ちと、休憩とか何とかヒトリゴチて、まだ片付いていない部屋でその前夜にビデオにとっていたフランスサッカーを見始めたのですが、

ここで腹痛は最高潮に達し、あわててトイレに駆け入り、その後半時間、聞くも涙、語るも涙の戦いを続けざるをえない状況に陥ったのです。



しかし、これはこれから始まる、本当の戦いの前哨戦にすぎなかったのです。



約半時間、自分のおなかとの抜き差しならない交渉を続けた挙句、なんとか折り合いがつこうかという流れになりました。

ようやく一息つくなと安心し、トイレを流したところが、嗚呼、わがトイレ常のトイレならず。

水がいつものように流れません。

ゴォォーと、不吉な音を立て、みるみるうちに便器のうちにたまっていく水。

よくできているもので、一回の流しで水は便器の淵ぎりぎりまでたまります。



詰まったのです。



おそらくは、大量に使用したトイレットペーパーによって、トイレは見事詰まってしまったのです。



やれやれ、とか、村上春樹的余裕をかましている場合ではありません。



トイレが詰まったのです。これはゆゆしき事態です。加えるに、この体調不良です。

いつ再び腹痛が襲うともしれない。

そんな中でこんなトイレ、見たところ水は徐々にではあるが引いているようではあるが、このように心細いトイレではたしてやっていけるのであるか。

どうしよう。うちにはトイレの詰まりをとるためのあのゴム製のズッポンもない。

でも、どうだろう、考えてみると、詰まっているのはおそらくトイレットペーパーである。

きっと、トイレットペーパーは水に溶けるに違いない。

とりあえず、様子を見よう。



10分くらいして、様子をうかがうと、やはり、水は引いている。

うむ、良いかんじである。ここは、一気にこっちに流れを持ってこねばならない。

そう、バケツの水をぶち込んじまおう作戦を私は決行することにしたのです。

うちには、ズッポンはないけれど、バケツならあります。バケツいっぱいの水を一息に注ぎ込んでやれば、その勢いによって、必ずやこのつまりは解消するに違いない。

バケツの水を最初は恐る恐る便器に注ぐと、注いだ分だけ増える水かさ。えぇい、と水を全部注ぎ込むと、これも見事なもので、バケツ一杯分の水は、トイレの淵までたまり、そこでゆらゆらと、いまいましい平衡を保っています。



長期戦だ。

私は長期戦を覚悟しました。



大体、10分くらいたつと水はひきます。つまり、10分おきに、バケツから水を流してやれば、いずれ、詰まっているトイレットペーパーも溶けて、元の平穏が戻るのではないかと考えたのです。

浅はかでした。



何回やっても、水が引く間隔は短くなりません。どころか、むしろ長くなっているような気さえします。

これは、いかなるまがごとであろうか?!



そうこうするうちに、日も暮れて、私とトイレとの戦いは第2ラウンドを迎えるのです。



オーケー、この作戦は失敗だ。第1ラウンドはオレの負けだ。

20時を過ぎても、21時を過ぎても好転しない状況に私は私の作戦の敗北を認めました。



トイレットペーパーを溶かそうという作戦は失敗である。あれは、トイレットペーパーは容易には溶けない。

溶けないという事実をお前は、受け入れなければならない。受け入れたのちに、次の作戦を考えるべきである。



考えられる次の作戦は何か?

ズッポンである。ズッポンを買ってこれに対処すべきである。

そうとわかったからには、とっとと寝て明日早く起きて、ズッポンを買いに行くべきだ、うん、重たいおなかを抱えて。



そう、次の日、買いに行きました。

相変わらず体調が芳しくないので、コンビニ渡り歩きで、途上にあるほとんどすべてのコンビニでトイレを借りつつ、目指すは、最寄りのマツモトキヨシ。

なんとか、マツキヨまでついたのは良いけれど、そのマツキヨにあるのは1280円と値札が付けられているなんとも心細い、和式洋式兼用と銘打たれたズッポンのみ。兼用とはいかがなものか、大体、個人宅で、和式と洋式と二種類の便器を持ち合わせている家庭とはどんなんだろうか・・・いや待てよ、おばあちゃんの家がそうじゃなかったかな・・・うんそうだ、ばあちゃんちには和式と洋式と二つのトイレが並んでいたはずだ、とするとこれは、ばあちゃんちにもってこいのトイレ用品だな・・・でも、うちにはどうだろうか、とか何とか、思いつつ、とりあえずそいつを購入し帰宅したのです。



ちと、心細いが、これさえあればなんとかなるだろうと、買ってきたばかりのズッポンを、今は水も引き一見平穏を保っているトイレの穴に突っ込むと、これがどうにも具合が悪い。

というか、ズッポンというのがどういう原理で詰まりを解消するのかというと、これはやっぱり、トイレの排水溝の淵を円状になったゴムでふさいでその内側を真空状態にした挙句に引っ張りだすという行為によって、詰まっているものに流動性を与え、それによって横に詰まっているものが縦になって流れるかのような効果を与えるものであろうかと思われるのであるが、これがはまらないのである。何度やっても、スカスカ、ゴムの上か下かに隙間ができてしまっている。

うーむ、としばし考えた挙句、私は以下の結論に達したのであります。



道具がわるい。



そう、こいつが悪いのです。和式洋式兼用とかいう甘ったれたことをいっているから、結局和式にも洋式にも使いようがない生ぬるい道具になり果ててしまうのだ。



いいだろう。



これは、挑戦である。私に突き付けられた挑戦である。

こうなったら、私とて黙って待っているわけにはいかない。

マツキヨなどというチャラチャラしたドラッグストアではない、もうちっとちゃんとしたホームセンターで、兼用とかふざけたものではないちゃんとしたズッポンを買って、この戦いに勝たねばならない。



私は、家から歩いて15分の私鉄の駅に行き、そこから寒空の下10分間電車を待って、隣町の西友に行ったのでした。

西友の5階のホームデポフロアで私を待っていたのは、まさに、絶望というにふさわしいものでした。

そこには確かに、ズッポンがありました。3種類くらいのズッポンが並べてあったのですが、どれも、マツキヨで購入したズッポンの域を出るものではありません。むしろ、そのスケールは小ささを増しており、小さい故に安いですよという薬にもならない殺し文句を私に訴えてくるのでした。

途方に暮れた私は、どうしたものかと考えながら、電車に乗る気力もうせ、歩いて家路についたのでありました。



家路の途上、はっと気付いたのです。

ズッポンは背伸びしようがどうしようがズッポンでしかあり得ない。

つまり、どんなにラブリーな形のズッポンであろうと、ズッポンはズッポン。

その形状以上のパフォーマンスを期待してはいけないのではないか。ということです。



では、どうするか・・・



お前がやるしかない。



そう、君は、臆病になってはいなかったか。

ズッポンを便器に突っ込んだ時に汚水が飛び散るのを心配するあまり、手加減していたのではないか?!

もはや、状況は、かような心配を心配すべき時を過ぎている。

ズッポンを開放すべきだ!!!ズッポンをわれらの味方につけよ!!!



とかなんとか、よくわからない決意に、私はテンションを上げつつ家に着いたのでした。



私は、与えられた状況でベストを尽くさねばならない。

では、与えられた状況とは何か?



私にはズッポンがある。マツキヨで1280円で買った和式洋式両用のズッポン。

では、こいつを生かすことから始めよう。

と、そこらにほっぽり出していたこいつの外カバーの説明書きにこんな文言があった。

「ビニールシートの中央に、穴をあけて柄を差し込んで使用すると、水の飛び散りを防ぐことができます。」

賢い人はいるものである!

そうか!!!

と得心した私は西東京市指定のプラスチック回収ゴミ袋(大)のお尻にハサミで切りこみを入れ、そこにズッポンの柄を通しました。

自作の傘みたいな感じです。

すると、ゴミ袋でもって便器を包み混むような感じになり、しかも、お尻の切り込みはテープでとめてあるので、密封した空間ができたのです。

私は、飛び散る恐れのなくなったズッポンを思いっきり便器の穴に突っ込み、ズボッ、引っ張り、ゴッ、突っ込み、ズボッ!、引っ張り、ゴッ!!

としたのです。今度は、前回には感じなかった手ごたえがありました。

2,3度ズゴボゴやったのち、えいっ!と水を流すと、ズズズ・・・と一瞬水かさが上がり、あぁーダメかと思わせたのち、ジュ~と引いていく水かさ!!!

やった!やってやった!!オレはやったぞ!!!

私は、快哉を叫んだのでした。



そんなあまりきれいではない聖夜の戦いでした、ごめんなさい。


メリークリスマス!


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