凱風舎
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a piece not in peace

 

  この純白の地表は、ただ星々の前にだけ、幾千万年以来捧げられていた澄んだ空の下に広げられた汚点(しみ)一つない卓布だ。ぼくはこの卓布の上、自分の足もとから二十メートルほどの所に、黒い一つの石を見いだして、何かある大発見をしたときのように、心臓に衝撃を感じた。(中略)
 胸をどきつかせながら、僕はその発見物を拾い上げた。見ると、それは涙のかたちをした、金属のように重い、拳大(こぶしだい)の黒い一個の石だった。
 林檎の木の下にひろげられた卓布の上には、林檎だけしか落ちてこない。星の下にひろげられた卓布の上には、星の粉しか落ちてこないわけだ。かつていかなる隕石も、ぼくが拾い上げたこの一つほど、明白にその素姓を明かしているものはないはずだった。

  

   ― サン=テグジュペリ 『人間の土地』 (堀口大学 訳)―

 

 去年の七月に目撃され、12月になってモロッコの砂漠で発見された隕石が、この前、火星の欠片であることがわかったそうである。
 写真で見る限りそれは「涙のかたち」というよりは、むしろ石器時代の鏃のような形をしている。
 重さ15ポンド(約7キロ)だそうだが、大きさがどれくらいのものなのかよくはわからない。
 横にTと書かれたサイコロ状のものが置かれているが、それがセブンスターの箱じゃないから、どれくらいの大きさか日本人の私にはわからないのだ。
 科学者たちの話によれば、何かが火星にぶつかって、そのはずみに宇宙の外へ飛び出した火星の欠片が地球に落ちてきたらしい。
 そんなすごいこともあるんだなぁ。

 ところで、私は科学者ではないので、彼らのようにその隕石からわかる火星の様子に対する興味よりも、むしろ、それが北アフリカの砂漠に落ちたということの方にずっと心が引かれた。
 ずっと昔に読んだサン・テグジュペリの『人間の土地』の一節を思い出したからだ。

 彼はその中で、原住民に拉致された仲間を救うために、サハラ砂漠のまん中に飛行機で降りたとき、そこで見つけた隕石の話を書いている。
 それは、人も獣も誰一人歩いたこともないまっ白な砂の中にポツンと一つある黒い石だったのだという。
 それが隕石であるとわかる理由を彼は 

  《星の下にひろげられた卓布の上には、星の粉しか落ちてこない》

から、と書いている。
 すごいなあ。
 砂漠の上には見渡す限り星空のほか何もないんだ!

 これを読んだとき、自分の目がものすごく遠くなった気がした。
 だって、その隕石は、ただただ見はるかすまっ白な砂漠に、虚空からたった一人落ちてきて、たまたまそこに下りてきた飛行士に見つかるまで、ずっとそこにいたんだもの。
 夜が訪れるたびに、砂漠の上には彼の故郷である真っ黒な宇宙が広がり、それを彼は、何十年、何百年、何千年あるいは何万年もじーっとひとり見ていたんだもの。

 幸か不幸か、今回の隕石は半年で人間たちに見つかってしまった。
 でも、あの隕石もきっと、どうせ地球に落ちるなら、あの「まっ白な卓布」の上がいいなと思ったんじゃないかなあ。
 そう思ってモロッコの砂漠に落ちたんじゃないかなぁ。
 なんか、そんなこと思った。

 まあ、六十のおっさんの言うことじゃないけどね。 


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