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自律神経系

 

次のような異常があったときは、使用せずにお買い上げの販売店に点検・修理を依頼ください。

 

     使用時

 

  ● 温度調節つまみを「1(弱)」にしても異常に熱い。

               

    ― SANYO 「ホットカーペット 取扱説明書」 ―

 

 自分の体がどうなっているのかわからない。
 まあ、それまでだって、どうなってるのかわからなかったんだが、わからなくたって体の「自律神経系」がしっかり動いてくれていたので、適当な時に飯を食い、適当な時にコーヒーを飲み、適当な時に風呂に入り、適当な時に眠っておれば、まあ別に体なんて気にしないで過ごして来られた。
 ところが、2012年に入った途端、いつがその「適当な時」なのかがわからなくなってしまったのである。
 すくなくとも今や私の体の中の体温維持機能は異常をきたしているらしく、ふだんであれば当り前であった行動によってすら、私の体はすぐさま体温を上昇させてしまうのである。
 ヨワッタことである。
 なにしろ、ちょいと外に買い物に出ただけで体温が37℃を超える。
 子どもの応対を4時間もやれば、気息奄奄。
 ( 思えばこのエンエンの《奄》の字は「奄人」と書けば「去勢された男=宦官」を表しますなあ。)
 おかげで、冬休みが終わったら出掛けるぞ、と心ひそかに計画していた渋谷のフェルメール展も、銀座でやってる「無言歌」という映画も、行くに行けない。
 まして「土偶ストラップ」をもらうためにエンエンと並ぶなんて芸当は自殺行為です。
 というわけで
   ねーこは、コタツでまるくなる
はずの季節であるにもかかわらず、今年に入ってからのヤギコと私の在宅時間は、圧倒的に私の方が長い。
 それでも金曜日は朝の体温が35℃台という平熱に戻っていたので、とりあえず、まるで歌舞伎の石川五右衛門みたいになっていた頭をなんとかすべく、床屋に出かけた。
 しかしまあ、年をとるというのはおそろしいもので、十日間の蟄居生活は、私の歩行機能をおそろしいほどに劣化させておりました。
 なにやら、能役者のようなすり足、なんですな。
 足が5センチと地上を離れない。
 いまさっき宇宙ステーションから地上に帰還したみたいなもんです。
 しかも気を抜くとすぐに背筋が曲がる。
 猫背。
 床屋の大きな鏡の前に座って、つくづく自分の顔を眺めたとき、思わず劉希夷の詩句を思い出しました。

   まさに憐れむべし半死白頭の翁
   これ昔紅顔の美少年

 しかしまあ、こんな漢詩を苦笑ととともに優雅に思い浮かべていたうちはまだよかった。
 散髪を終えて、やれ、すっきりしたと外に出ると、すでにして体の具合がおかしい。
 「半死白頭の翁」から「半死半生の翁」に変身している。
 一歩一歩がシンドイ。
 やっとの思いで部屋にたどり着いて体温計を脇にはさめば、38.8度。
 あんたねえ、いい加減にしてくださいよ。
 どうなっとるんですか、わしの体は!

 でもね、思うに、2012年「自律神経系」がダメになってきたのは、なにも私だけではないのかもしれません。
 日本と世界もまた、たぶんその「自律神経系」がダメになってきてるんです。
 目に見えないところで私たちの生活を支えていた何かが壊れつつある。
 それまで「あたりまえ」だと思っていたさまざまなシステムが見えないところで自壊しつつあるらしい。
 それまでは
   ちょっと、体調不良かな
なんておとなしくしていれば元に戻ったものが、そんなものでは戻らなくなった。
 けれども、原発は超安全・超安心、なんて宣伝され、まあ、ウソっぽいけど信じたふりをする方が快適だからと、不安はないことにして暮らしてきた私たちのこれまでの生活を、3.11以降のこれからどうするのか、日本はまだ何も決めようとしない。
 まるで、じっとおとなしくしていればすべてが元に戻ると思っているかのようだ。
 この頃は毎日のように「デート」を繰り返し、並みの夫婦よりも会話の多そうなドイツのメルケルさんとフランスのサルコジさんも、その対話によって何一つヨーロッパの問題を解決できないでいる。
 夫婦なら何も問題は解決しなくても、会話することに意味があったりするのだが、この場合はちがう。
 「これからも両国は問題解決のために協力することで意見が一致した」
なんてのは何の解決にもなっていない。
 なぜそんなことが起きているのかを誰も言わない。
 何が壊れつつあるのかをマスコミは伝えない。

 内臓の働きやホルモンのバランスを私たちは自分の意思でどうすることもできない。
 それをつかさどっているのは自律神経系でそれが私たちの体の恒常性を維持してくれている。
 政治というものの役割とはいわば「適当な時」にその社会に刺激を与えてその自律神経系の働きを円滑に遂行することにある。
 それが世界中で働かなくなっている。
 政治も「適当な時」が見えなくなってしまっている。
 世界もまた、自分の体がどうなっているのかわからなくなっている。


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