凱風舎
  1. 「凱風舎」トップページ
  2. 牛丼とTPP

牛丼とTPP

 

 林を焚(や)きて田(でん)すれば、偸(かりそめ)に多獣を取らんも、後必ず獣無からん。

( 林に火をかけて狩りをすれば、そのときは多くの獣が取れましょうが、あとは必ず獣がいなくなります。)

 

 ― 『韓非子』  「難一・第三十六」 (金谷治 訳注)―

 

 今日も快晴。
 午後いつもと違う道をたらたら歩いていると《牛丼 250円》の旗が立っている。
 横には
  〈この品質でこの安さ〉
とある。
 別に牛丼ごときに「この品質!」などと大きな顔で威張られる覚えはないが、安いは安い。
 そう言えば、タラタラ歩きの結果か、すこしく小腹も空いたような気がしないでもない。
 入ることにする。
 カウンターに客が5人。
 皆、男である。
 かく言う私も男である。
 店員も男。
 花がないなあ。
 まあ、真冬の昼下がり、〈花〉を求めて牛丼屋に入るバカもいない。
 〈花〉を求める人は、夜の帳が落ちてから、キャバクラ、とやらに行くんじゃろうが、キャバクラに詳しい森君によれば、あすこをサービス業と呼ぶのは、金を払ってサービスを受けるというより、こちらがお金を払って女の子のご機嫌を取り結ぶべくひたすらサービスを提供せねばならぬ場所であるかららしい。
 私に無縁であること、三角関数の微分と変わらない。

 さて、私が
 「並」
と一言注文すると、奥に引っ込んだ店員がほとんど折り返しでドンブリを持ってくる。
 早いことおびただしい。
 なるほど安いはずだ。
 牛丼屋では新たに調理するものがないから、30秒もあれば商品を提供できるのだもの。
 注文を受けて調理する他の飯屋とは違って、たとえ客単価は安くても、店員一人当たりの売り上げは大きくなる理屈だなあ。
 とはいえ、250円はなあ。
 こんなのが近くにできたら、私が二日酔いの日に行く近所の「百番」というラーメン屋なんてつぶれてしまうな。
 まして、TPPで牛肉もコメも安くなって
  この品質で牛丼一杯 100円!
なんて時代になったらどうなるんだろう。
 町のおっさんが、なんとなく始めてしまったよ、みたいなラーメン屋なんてみんなつぶれて、なにやら頭にバンダナ巻いて、揃いの黒いTシャツ着た兄ちゃんらが、
 食ってみな。
 この麺に俺の人生込めたんだぜ!
みたいな顔でやってる気持ち悪ーいラーメン屋しかなくなってしまうぞ。
 うーん。
 ラーメンに人生込めるような奴の作ったラーメンを食べることを、まさか、豊か、とは言わんじゃろう。

 物の値段が安くなるのは一見結構に見えるけど、牛丼100円になったら、その分、それを食ってる奴らの給料も下がるということで、ますますデフレがひどくなることじゃないんじゃろうか。
 規制緩和、つうのは、物の値段を下げるかもしれないが、その結果、人の値段も下げるものだってことをそろそろみんな気づけばどうかねえ。
 火を放った森が元に戻らないのは、何も春秋戦国時代の中国やアマゾンの熱帯雨林だけの話ではない。
 私たちもまた商店街を失ってシャッター通りばかりになった町々を持っている。
 
 TPPなんて、やっぱ、ロクでもないような気がするなあ。


----------------------------------------------------------------------------