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ゆひら

 

  体温計くわえて窓に額つけ「ゆひら」とさわぐ雪のことかよ

               ー 穂村 弘 -

 

 朝からどんより曇っている。寒い。なんだか、雪でも降りそうだ。
 雪の二・二六事件を持ち出すまでもなく、実は関東で一番雪が降るのは二月三月。早春の淡雪のはずが思いがけず積もったりする。
 そこで、今日の短歌。
 ちょっと、塾の先生みたいに(ほんとに塾の先生なんだけど)、まず問題を出してみよう。

   君たち、この歌の情景を「ゆひら」という語句の意味を明らかにしながら100字程度で説明しなさい。
    (ちゃんと考えてね)

 ナニ、わからない!
 では考えてみよう。
 まず、句切れだな。この歌の句切れはどこかな?
 そう。第四句目。《「ゆひら」とさわぐ》のところだね。(《さわぐ》が終止形だからね。)
 つまり、この歌は

    体温計くわえて窓に額つけ「ゆひら」とさわぐ
                         雪のことかよ

てな具合に分かれてるわけだ。 
 後半の《雪のことかよ》は男言葉だから、男が言ってる。たぶん作者だな。
 で、何が《雪のこと》なのかと考えると、前にある「ゆひら」という謎の言葉がそうなんだろうね。
 この「ゆひら」にはカギカッコが付いているから、実際に言葉として発せられたんだね。
 誰によって?
 それは《体温計くわえて窓に額つけ》てた人によってだよね。これは彼と一緒に暮らしてる女の子。もちろん彼の恋人だね。
 熱があるから、体温計をくわえている。熱があるから冷たい窓におでこを付けてる。体温を測る間、やることがないからきっと指か手のひらで窓についた水滴をこすって外をのぞいたんだ。そしたら、外はいつの間にか雪になってた。
 初雪だね、きっと。だから、興奮して叫んだんだ。
   雪だ!
って。
 でも、体温計をくわえてるからね。ちゃんと「雪だ!」って言えない。
   ゆひら
ってなっちゃう。(疑ぐり深い人は、割りばしかなんかをくわえて、自分で「雪だ」って言ってみてごらん)
 「ゆひら」と聞いて、男の方はなんだろうと思う。見れば、女の子の方はさかんに手招きしながら(だって、体温計が口にあるからしゃべれないだろ)、指で一生懸命外を何度も指さしてる。しょうがなくコタツから出てきた男の方が女の子と並んで外を見ると雪。
 女の子は少し自慢そう。
 でも、男の方は言うんだ。
  なんだ、雪のことかよ
 この《雪のことかよ》っていう少し乱暴な口調が、この二人の関係が実はちゃんとうまくいっていることを暗示してるね。肩の力が抜けて自然体になってる。男の方はこう言ってバカにしてるみたいに見えるけど、実はもちろん、こんなことで興奮して意味不明の言葉を口走ってしまう彼女がとても好きなんだよな。

 ・・・・というわけで、この状況説明、ぜんぜん1〇〇字程度じゃないけど、ま、いいか。
 だって、私、この歌、好きなんだもの。 (どうでもいいけど、「ゆひら」って響きはひらひら舞うぼたん雪を想像させるよね。)

 女性たち諸君、ある日の雪に心躍りしている自分に気づいたら、だれかに
  ゆひら!
って、書き送ってみてはどうかな。

 

 

 


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