本当に瞬かない星
参星(オリオン)が来た! この麗はしい夜天の祝祭(まつり)。
― 吉田一穂 「少年」 ―
天の星でも瞬かない星はある。
たとえば、このごろ南の空高くに一番明るく輝いている黄色い星を見てごらんなさい。
瞬いていない。
あんなに明るいのに不思議でしょ。
あれは木星。
地球の兄弟の中で一番大きなお兄さん。
じっと見つめていてもあの星はちっとも瞬かない。
木星に限らず、金星も火星も土星も、惑星は瞬かない。
彼らは他の恒星たちに比べて地球に近いので瞬かないのだという。
それらは大気の揺らぎの影響を受けないほどの大きさで私たちの目に見えるからだという。
そんなことを知ったのは小学校の頃読んだ星の図鑑でだった。
そこには星座になった者たちの不思議な物語と一緒にそんなことが書かれていた。
ある日、銭湯から帰る冬の道で、空に本当に瞬かない明るい星があるのを見つけて、それが惑星というものだとわかったとき、とてもうれしかったことを覚えている。
それだけで、なんだか自分がいっぱしの〈天文博士〉になったような気になったものだった。
もっとも、高校物理で赤点以外取ったことのない私には、いまだに大気の揺らぎによってどうして星が瞬くのかという本当の光学的理由はまったく説明できないのだが。
そういえば、新聞配達を始めた頃、冬の明け方の東の空に夏の星座であるさそり座がのそりと昇って来たのを見て、これまたとても驚いたことがあった。
知識としてそうなることは知っていても、実際冬にさそり座を見るのがずいぶん不思議だったのだ。
そして、神話であの大さそりに刺されて死んだというオリオンが、あの図鑑に書いてあった通り、さそり座が昇って来るとそそくさと西の空に退場してしまっているのを確認してとても愉快だったことも覚えている。
さて、暖かかった今年の秋も、立冬とともに平年の気温に近づいたとか。
これまで
参星が来た!
というには、あまりにもぬるい空気の中、でれり、と東の空に横になっているいかにもおっさんくさいオリオンを見てなんだかにやにやしていたけど、やっと彼にふさわしい季節になったようだ。
冬になればあいつだってシャキッと若返る。
神話になって永遠の命を与えられた若者たちはいつまでたっても若いままだ。
そして若さというものは冬を好むものだ。
参星が来た! この麗はしい夜天の祝祭。
裏の流れは凍り、音も絶え、
遠く雪嵐が吼えている・・・・・・
今、一穂の詩を読めば、すっかり寒がりになってしまったわたしでさえ、キリキリと冷えしまる冬の寒さが恋しくなる。
ただ空いっぱいの星を見るためだけにカリカリと凍った夜の雪を長靴に踏んで外に出た少年の日のあてない思いが甦ってくるような気がする。
けれどもあのあてない思いがいったいなんだったのか、うまくは名付けられないのだけれど・・・。
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