ユニフォーム
人はその制服のとおりの人間になる。
― オクターブ・オブり 『ナポレオン言行録』 (大塚幸雄 訳) ―
男が死んだ。
大男だった。
私の町のマンションに住んでいた彼を私は一度見たことがある。
スーツを着ていても分厚い胸だった。
アメリカで死んだのだという。
自殺だったという。
球の速い男だった。
それでアメリカまで渡った。
アメリカでも速い球を投げた。
彼が死んだ理由を
もちろん私は知らない。
42歳だったという、その享年を見て
痛ましい思いを持っただけだ。
それでも
「なんでおまえは死んだのか」
そう彼に聞いたら
「自分の投げる球を誰も受けてくれなくなったから」
そう答えるのかしら。
彼は投げてばかりいたのだ。
力いっぱい投げてばかりいた。
そうやって生きてきた。
それ以外の自分の人生なんてわからなかった。
ふしぎなことに
誰にも捕れないような速い球を投げていたときは
彼にはそれを受け捕るキャッチャーがいたのに
彼の投げる球が他の誰かの球と変わらなくなったとき
彼の球を受け捕る者はいなくなっていた。
誰も受け手のなくなった自分のボールを
その日、彼は空に向かって力いっぱい投げ上げたのだろうか。
そうやって投げ上げたボールは
青空の高みから
硬いつぶてとなってまっすぐ彼の上に落ちてきたみたいな気がする。
そんな死。
伊良部秀樹。
享年42。
彼は野球のユニフォームを脱げない男だった。
スーツを着ていても分厚い胸をした男だった。
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