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《徒然草》  第六十二段

 

延政門院、いときなくおはしましける時、院へまゐる人に御言(おんこと)つてとて申させ給ひける御歌。

ふたつ文字牛の角文字すぐな文字ゆがみ文字とぞ君は覚ゆる

恋しく思ひまいらせ給ふとなり。

 

延政門院様が、まだまだたいそう幼かった頃、父上である上皇の住んでおられる御所へ参上する人に、「これを父上へ申し上げてね」と言って、申し上げさせなさった御歌は

二つのの文字 牛の角みたいな文字、まっすぐな文字、ゆがんだ文字とあなたのことを思っています

というものだった。

「父上のことを《恋ちく》思っています」ということである。

 

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俊ちゃんちの一番下の子であるうたう君はいま三つ。
ひらがなを覚えたてである。
風呂場に貼った「ひらがな表」でひらがなを覚えている。

さて、外に出かけて、ひらがなを見つけると、さっそくそれを読んでみせるのであるが、そのとき

「これは『くまの【く】』、えーと、これは『こあらの【こ】』」

と言って読むのだそうである。

この章段の話に出てくる「いとけなくおはしましける」ときの延政門院も、たぶん、うたう君ぐらいの年だったのでしょうか。
かなを覚えたてなのである。
今みたいに、絵のついた「ひらがな表」はないので、たぶん自分の工夫で覚えたんでしょう。

で、
【こ】は線が二本で「ふたつ文字」、
【い】は牛の角みたいだから「牛の角文字」、
それから、
【し】は筆ではほぼまっすぐに書くから「すぐな文字」、
そして、
【く】は曲がっているから「ゆがみ文字」
と覚えたんでしょう。

ちなみにどれも簡単な字ですね。
【ね】とか【わ】とか、子どもにとっては複雑な、曲線の入ったかなではない。

で、彼女はこの覚えたての字を四つならべると「こいしく」になることを発見した。
そこで、お父様である後嵯峨上皇がおられる院の御所へ行くという人に、父上への伝言を頼んだんですな。
つまり、彼女は、まだ、書けないんです、字は。
だから、手紙じゃなく「ことつて」したのですね。
それでも、

ふたつ文字牛の角文字すぐな文字ゆがみ文字とぞ君は覚ゆる

と、歌に仕立て上げるなんてのは、さすがは女の子、なかなかおしゃまです。

でもね、本人は「恋しく」のつもりで言ったんでしょうが、「恋」は、実は今と違って「こい」ではなく「こひ」と表記するんですな。
だから、その伝言をもらったお父さんの方では、きっと「恋しく」ではなく「恋ちく」って書いてあるみたいに思えたんじゃないかなあ。

でも、きっと、
「ああ、なんてかわいい娘なんだ、会いたいなあ」
と思ったことでしょうね。

 


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