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文化部の高校生

 

喧嘩して夜店の裏を帰りけり

 

                 日下部太亮

 

幕が開くと、舞台の上には見たこともないほどたくさんの琴が並んでいた。
その一つ一つを前に制服の女子高生たちがすわっている。
ざっと数えて三十人。
琴を弾くのにうつむくと邪魔なのだろう、 髪はみなお団子に結ってある。
正面を向いた少女のスカートからわずかに膝小僧がのぞいている。

一礼した少女たちが指を弦の上にのせる。
その少女たちの視線はみな中央正面にいる少女に注がれている。

と見る間に、その少女がうなづくように体を沈めると、それを合図に少女たちの弦がいっせいにはじける。
舞台下手の少女たちは、ときに琴の上にひれ伏すようにして左手を伸ばし遠くの糸を押さえて音を奏でている。
舞台奥に並んだ十七弦の琴を弾く少女たちは少し身を高くして低音をひたすら奏でつづける。
そのようにして三つのパートに分かれて奏でられる三十張の琴たちが、あるいは強く、あるいは弱く、あるいは太く、あるいは細く音を合わせるとき、それはまるで聞いたこともないすばらしい響きとなってわたしたちの耳に届けられる。
そのとき、パートごとひと固まりとなってちがった高さでちがったふうに揺れる少女たちの頭の上のお団子の髪が、まるで風が駆け抜けていく広い草原の草の穂のように思えてくる。
不意に音が消える。
正面の一人をのぞいて少女たちが身を起こし身を正す。
あたかも風がやんで草たちがその身を起こすように。

ただひとりうつむいたままの正面の少女がひとり糸をはじく。
しばらくすると下手(しもて)の少女の一人がそれに和して奏ではじめる。
やがてもうひとり上手(かみて)の少女も糸をはじきだす。
その三つの琴の音は、いつしか全体に広がり、風が、再び舞台の上の穂草たちを揺らしはじめている…。

三重県立四日市南高等学校。
曲名「グリーンウインド」。

プログラムにそう書いてある。

その演奏は十分あまりも続いただろうか。
筝曲、と言えば正月に流れる宮城道夫の「春の海」しか知らなかった私には、それはほとんど衝撃的な合奏だった。
なんとまあ、琴というのはすばらしい楽器だろう!

 

昨日、券をもらったから国立劇場にカッチンの太鼓を聞きに行ったのだ。
「全国高等学校総合文化祭」。
そこで見たのだ。
すばらしい演奏をする高校生はというのは、なにも太鼓ばかりに限ったことじゃなかった。

そしてそれはまた、琴だけ、でもなかった。

 

琴の演奏も、上に書いたように実にすばらしかったのだが(都立狛江高等学校の「飛騨に寄せる三つのバラード」という筝曲もよかった)、実は、私は、岩手県立岩泉高等学校の「中野七頭舞(なかのしちづまい)」という民族舞踊に、なんだか知らないが涙が出てくるほど感動してしまったのだ。

 

あれは誰の俳句だったか、

 てのひらをかへせばすすむ踊かな

というのがある。
実は盆踊りを目にするたびこの句を思い出すのだが、まことに日本の踊りというものは、てのひらのおどりだ。
その典型が今年も今日から始まったであろう越中・八尾の「風の盆」の踊りだろう。
ゆるやかに、ゆるやかにてのひらをひとつづつ返してゆく、そんなてのひらの踊りだ。
ところがこの「七頭舞」というのはまったくの足の踊りなのだ。

二人一組六種類の烏帽子とおかめ・ひょっとこの面を頭につけた七頭の踊り手たちは、手にそれぞれ神のよりしろとなるべき金や銀など色とりどりの幣の付いた棒や刀・長刀を持って、足を大きく上げて地を強く踏み、それに合わせて手にした獲物をはげしく振り、回し、あるいは撃ち合う。

タイやインドといった米作地帯の踊りがゆるやかな手の返しによる踊りなのに対し、西洋のバレエ、ロシアのコサックダンスといった騎馬牧畜民族のそれが足の踊りであると指摘していたのは三浦雅士氏だったろうか。
だからと言って、この東北の踊りが騎馬民族系統に属すると言おうとは思わない。
そこから私が感じたものは、むしろ、長くヤマトにまつろわなかったエミシの裔たるみちのくびとが、稲作を受け入たあとも持ち続けた血に対する誇りのようなものだった。

ところで舞台の上で舞っているのはみな少女たちだった。
男舞に属する役割すら少女たちが舞っていた。
だが、それがどんなにすばらしかったことか!

袴をはいた足を広げてその足を上げるとき、すねと足の甲の角度はL字ではなくむしろV字となって跳ね上げられる。
その美しさといったら!
舞が終わって幕が下りたあとまでわたしは手を叩きつづけたことだった。

 

…てなわけで、私、昨日はとてもいいものを見てしまったのだ。
高校の文化部、実にあなどってはいけない。

などと思いつつ今朝の新聞を見れば、冒頭に引用した俳句が載っていた。
なんでも、今年の「俳句甲子園」に出された作品だとか。

 喧嘩して夜店の裏を帰りけり

なんとまあ勢いのある俳句だろう!
一読、情景が鮮やかに目に浮かぶ。

喧嘩するのも若さなら、喧嘩したあと「夜店の裏」を帰るのも若さだ。
実によい俳句だ。

いいなあ、高校生!


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