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絶対首相制

 

(ジェームズ1世は)

「王は、議会のなんらの助言なく、日々法律や勅令を制定することができる」

と主張した。

 

― 「世界の歴史 8 絶対君主と人民」(大野真弓 責任編集) ―

 

今朝の朝刊によれば、集団的自衛権に関して、公明党がどうやら「文言修正で妥協」するということで「大筋合意」したらしく、来月にも政府は、これを閣議決定するらしい。

いやはや。
そんなバカなことを一内閣の恣意的決定で易々と改変していいのであろうか。
私、今回公明党が最後までがんばってくれるのなら、
次回の選挙では絶対公明党に投票しよう!
と思っていたのに。

ほんとうに、日本はとんでもない方向に、もう足を踏み出しているのだ、という暗然たる思いが朝から胸に広がる。

 

以下は日曜日に朝日新聞に掲載された

半田滋 著 「日本は戦争をするのか――集団的自衛権と自衛隊」 (岩波新書)

という本に対する保坂正康氏の書評の全文である。
安倍という首相が法治国家のなんたるかをまったく理解していないとんでもない男であることは皆が知っていることかもしれないが、転載させてもらう。
例によって、一文ごとの行分けは寺西が勝手にしたことである。(行空き部が段落)

 

今、戦後民主主義体制下のシステム、理念、法体系が音を立てて崩れている。
単に一内閣が政治改革を目ざしているのではない。

 「歴代の自民党政権の憲法解釈を否定し、独自のトンデモ解釈を閣議決定する行為は立憲主義の否定であり、法治国家の放棄宣言に等しい。
『首相によるクーデター』と呼ぶほかない」
との指摘は、まさに歴史的警告といっていいであろう。

本書は安倍晋三首相の言動を丹念に追いかけながら、その不安定さ、不気味さ、そして錯誤を拳証していく。
もっとも象徴的だったのは2014年2月12日の衆院予算委員会での発言である。
解釈変更だけで集団的自衛権の容認ができるのかと野党が内閣法制局次長に問うたのに、「最高責任者は私」であり、選挙で審判を受けるのは内閣法制局長官ではないと答えた。

それを著者は
「国会で憲法解釈を示すのは法制局長官ではなく、首相である私だ。
自民党が選挙で勝てば、その憲法解釈は受け入れられたことになる」
との発想だと理解する。
まさにルイ14世の「朕は国家なり」を彷彿させると見る。
この種の現実をとり違えた発言がいかに多いか、69年の戦後史に対する真っ向からの挑戦である。

安倍首相は集団的自衛権の行使によって、日米の軍事上の「血の同盟」を画策しているのだが、しかしオバマ大統領を始めアメリカ首脳は、安倍首相自身がつくりだしている政治・軍事上の危機についてどこまで同調するかわからない。
著者の分析のようにオバマ大統領にも冷遇されている状態で、この国の首相は、この国を軍事主導体制にと企図しているのかもしれない。

自衛隊幹部が著者に語った「勇ましいことをいう政治家やマスコミは、シビリアンコントロールの自覚をしっかり持ってもらいたい」との言に、この国の歪みを見る。

 

ちなみに、冒頭に引用した言葉を言ったというジェームズ1世は王権神授説を唱えたイギリスの王で、のちに清教徒革命によって死刑にされることになるチャールズ1世の父親にあたる人である。


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