凱風舎
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ブライダル・凱風

 

僕は、僕を活気づける者、および、僕が活気づける者を愛す。

 


― ヴァレリー 「文学論」(堀口大学 訳)―

 

 

肺は直ったのに一向出無精が解消せぬ私、それでも先週の土曜日、夜の巷に出た。
十日ほど前の昼間久しぶりにやって来た双子の麻穂・梨穂と理沙の女子大生三人がめでたく二十歳になったというので、お祝いの飯をいっしょに食べることになったのである。
何がいいのか、と聞くと

「焼肉!」

とおっしゃる。

若いですな。
若いということは、肉を食いたい、ということですな。

芳紀まさに二十歳のうつくしい「肉食系女子」の御三方を還暦のじいさん一人でお相手するのもなんだというので、まじめ一筋の市職員 イイヅカ君も誘うことにして電話をかけてみた。
凱風舎は塾事業のみならず、ついに婚活事業にも参入しようというのである。
ちなみに、「ブライダル・凱風」の記念すべき第一回 勧誘トークは、以下の如くおこなわれたのである。

 

「イイヅカ君、つかぬことをお聞きしますが、まさか、あなたに〈カノジョ〉などと称するお方はおられんでしょうな」
「残念ながら、ご明察のとおりです」
「ちなみにお聞きしますが、もし、あなたが誰かを〈カノジョ〉となさるとしたら下は何歳ぐらいが限度でしょうか」
「げんどですかぁ、まあ、五歳くらいですかねえ」
「ご、ご、ご、五歳!それって、アブナイ人じゃないですか!」
「いやいや、いやいや、五歳下、ということで」
「そうですか、五歳下ですか。残念ですなあ、実はあなたに八歳下の娘さんをご紹介申し上げようと思っておったのですが」
「 二十歳ですか」
「二十歳です。しかも三人。みな美しいですよぉ。ダメですか」
「いやいや、いやいや、もったいない。むろんAny girls,O.K. です」 
「そうこなくっちゃあ、なりません。ならば、段取りはあなたがなさるように!」

 

というわけで、人生のすべての段取りを他人任せですませてきたテラニシは、例によってその日も指定された待ち合わせ場所のJRの駅に行くだけ。
まあ、ものはついでと、その日も黙々と勉強に励んでいた高校生のシン君も誘って出かけることに相成った。
週末の6時ごろの駅前は実に雑踏を極め、11月の空はすでに暗く、満月に少し足りない美しいお月さまがのぼっている。
そのうちめでたく6人が合流し、イイヅカ君の案内で若者向けらしい焼肉屋の席に着くと、イイヅカ君

「実は、食べ放題、で予約しておきました」

とおっしゃる。
ええっ!タベホ―ダイ!!
あなた、わたくし、ここ20年、勝田正人大先生の

あなた、ホ―ダイとザンマイはイケマセンよ!
あれくらい、人間をダメにするものはありませんよ!!

という、ありがたいお言葉を、常に胸に拳拳服膺しながら生きてまいりましたのに、ここにきて食べホ―ダイです。
イイヅカ君、あなた、いくら自分が法大出身だからといって、ホ―ダイはイケマセンなあ。
イケマセン!・・・・などと思っているのは、どうやら私だけらしく、おねえちゃまたちもシン君もニコニコニコニコしている。
梨穂なんぞは
ワ―イ!
なんて歓声まで上げている。
あなた、それは、いかがなものか、などと言うひまも有らばこそ、くるわ、くるわ、出てくるわ、次から次と皿に盛られたカルビ、レバー、タン、ミノ、エトセトラ・エトセトラ。
それが、まあ、次から次とアミの上で焼かれ、焼きあがると、頼みもしないのに、おねえちゃんたちが私の取り皿の上に載せてくれる。
うーん。
シュトルム・ウント・ドランク。
疾風怒濤。
ひたすら食い続ける90分です。
私、ドイツ語の素養がないからこの「ドランク」が英語のdrunk(酔っぱらった)とかかわりがあるのかないのかはわかりませんが、私に、酔うことなしのシュトルム・ウント・ドランク、なんて考えられない。
なにせ、あなた、ゆっくり猪口をすすっている暇もないんですからねえ。
酔う間もない!

勝田大人の慧眼や、畏るべし。
ホ―ダイはいけない!

 

とはいえ、考えてみれば、娘さん三人は全くアルコールがダメ(みなすぐに寝てしまうらしい)で、イイヅカ君もさほど酒は飲める口ではない。
となれば、やっぱ、食べ放題、ですかねえ。
しかしまあ、若い人たちの食べっぷりはすごいですな。
男も女も、要は、若者はみな「肉食系」なんですな。
それにひきかえ、このテラニシに、かつて5人前カレーを13分ばかりで平らげたおもかげなんて、かけらもありませなんだぞ。 
最後に私の取り皿に残った肉はすべてシン君が平らげてくれましたほどです。

はてさて、その後酒も飲まないのに肉だけでテンションの上がった若者たち、とてもじゃないが喫茶店では声が大きすぎるだろうというので入ったファミレスに席を移しての二次会も盛り上がり、いやはやなかなか愉しい一夜でございました。
たぶんそれは、〈彼らが私を活気づけ、そして私もまた彼らを活気づけることができた〉からでしょう。

もっとも、これによって活気づいたイイヅカ君にカノジョができるか否かは私にわかりはしませんが。


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