凱風舎
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500ml

 

 メロスは激怒した。かの邪知暴虐の王を除かねばならぬと決意した。 

 

 

 ― 太宰治 「走れメロス」―

 

 

 先週は暑かった。
 昼間あんまりカンカン照るので外に出かける気力もなかった。
 で、気が付いてみたら、私、ずっと、たばこを買いに出た以外、まるで外を歩いていなかったんですな。
 おかげで、部屋の食料も尽きかけて、このままでは、私、イスラム教徒でもないのに「断食月」に入ってしまいそうだなあ、なんて思ってたら、今週は涼しくなって、姉のところやら(家の鍵をもらいに)、高校野球の応援やら(元生徒の高校は5回コールド負け)に、いろいろ出かけて、もちろん食料もたんと買ってきた。
 まあ、これで、私、「断食」に入らず済んだわけです。
 しかし、そのことを単純に喜んではいけなかったのです。

 それというのも、わたし、今回買いこんだ大量の食料品の中に、《キッコーマン 削りたて そうめんつゆ ストレート》ってのも、はいっておったからなんですな。
 まあ、これ、名前から推して水で薄めずに使う「麺つゆ」らしい。
 割高だが、なんだかうまそうである。
 食欲減退する、この、くそ暑い日々が続く中、どうせ食べるなら、つゆもうまい方がいいだろうというわけで、わたくし、こいつをひょいとカゴに放りこんだわけです。
 で、元から使っていた麺つゆもいよいよ切れたので、昨日
  どれどれ、今までのと比べて、どれくらいうまいものか
なぞ、期待しつつ、お湯を沸かしながら、あらためてその容器に書かれている説明書きを読んでいたら、わたくし、次のような文言が赤字で書いてあることを発見したのであります。

 

 開栓後はできるだけ一回で使い切って下さい。
 使い残した場合は、冷蔵庫に保存し3日以内にお使いください。

 

 ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいな。
 いくら水で割らない「ストレート」とはいえ、あなた、これ、500ml入りですよ。
 お茶のペットボトルだって、なかなか一気に500mlを飲むのはたいへんなのに、「麺つゆ」500mlを「一回で使い切る」なんてことが、いったい「ひとり者」にできる芸当でしょうか。
 まあ、そのようなお方がこの世におられるとは想像もつきませんな。
 そもそも、500mlのつゆというのは、そうめん何人前に相当する量なのでしょうか。
 これを一回で使い切るにはいったい何世代同居の何人家族が必要なのでしょうか。

 というわけで、まあ、とりあえず、わたくし「一回で使い切る」というのは回避して「3日以内」ということに賭けることにして、容器を冷蔵庫にしまいました。
 それが、昨日の昼のことです。

 それ以来、三日の期限を切られた私にいったい何の選択肢があったでしょう。
 三日の期限。
 これでは親友セリヌンチウスを救うべく走るメロスみたいなもんです。
 彼の場合はひたすら走る。
 走りまくる。
 一方、私の場合、とにもかくにも、ひたすら、そーめん、です。
 そーめん、です。
 そーめん、です。
 そーめん、です・・・・。
 走れメロス。
 食べろヒロシ!
 
 とはいえ、いろいろ薬味を変えてみたって、あなた、そうめんはそうめんです。
 米の飯とはちがいます。
 飽きます。
 と言うて、食べる人は私一人しかいない。
 メロスのように、それを待っている友がいるわけでもない。
 いわば「孤独のたたかい」です。
 頼るは自分の意地ばかり。
 ひたすら消費するしかない。
 となれば、うまいんだか、うまくないんだか、《削りたて》もなにもあったものではない。
 そのうえすでにお腹は妙に水びたし気味です。
 まあ、こんなに水分を取っていれば、熱中症になる危険はないかもしれないが、それにしてもなあ・・・。
 そのうえ、こんなに苦労してるのに、まだ容器にはたっぷり半分以上のつゆが残っている。
 わたしは言いたくなる。
 おい、キッコーマン君、君は何を考えている!

 しかしながら、心の中で厳しくキッコーマン君を責めているとき、ふと我に返って、気づいてしまった。
 たかだか250円ばかりのつゆをもったいながって、わたしは何をシャカリキになってこんなにもそーめんを食べ続けているんだろう・・・・。
 そう思ったとたん、さっきまでの「意地」があとかたもなく消えてしまう。
 第一、これでは、いったい何のためにいろいろ大量の食料品を購入してきたのやらわけがわかりませんもの。
 それにしても、こんな単純明快なことに「5食連続そーめん!」なんて愚挙をおこなったあとにならなければ思い至らないなんて・・・。
 まあ、「気づき」というものは、「常に遅れてやってくるもの」であるとはいえ、アホですなあ。
 貧乏が身にしみついてますな。
 とほほ。

 

 とはいえ、やっぱり、キッコーマン君に問いただしたい気持ちはある。
 「いったい君は誰のためにこんな製品を作ったんだあ!」


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