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「わからない」ということ (1)

 

  お前と世界との決闘に際しては、世界に介添えせよ。

 

 ― フランツ・カフカ 『夢・アフォリズム・詩』 (吉田仙太郎 編訳)―

 

 たとえば、上の言葉は何を言っているのであろうか。
 これは私の覚えている別の訳に従えば

 君と世界の戦いでは、君は世界に味方せよ。

ということになるのだが、いずれにしても、いったいこれは何を言っているのであろうか。
 普通はわからない。
 どう考えても、世間の常識の逆さまを言っているからだ。
 わからないが、これがもしなにがしかの「真実」や「真理」を述べているとすれば、なぜカフカはこんなことを言ったのだろうと考える。

 たとえば、またこんな言葉がある。

 自己をはこびて万法を修証するを迷とす。万法すゝみて自己を修証するはさとりなり。
                                   (道元『正法眼蔵』)

 これも何を言っているかわからない。
 まあ、これは、そもそも、言葉がむずかし過ぎる。
 そこで一応手元に現代語訳があるから載せておけば以下のようである。

 自我によってすべてを認識しようとするのが迷いなのだ。もろもろの現象のなかに自己の在りようを認識するのが覚りである。
                                   (石井恭二訳)

 この現代語訳がはたして本当に正しく道元の言おうとしたことをつたえているのかどうか、それはわからない。
 それでも、この現代語訳を読んで「なあるほど!」と思う人は相当できた御人で、やっぱりふつうわからないものはわからない。
 わからなくても、別段日常生活に支障が生じるわけでもないし、わかることを強制されなければ、ふーん、と言うしかない。
 けれども、世の中には、これは一向わからないけれども、道元という人が、さとりというものを手にした人で、その人の書いたものの中には、かならずや「真実」「真理」があるはずだと思う人がいて、その人はこれはいったい何のことだろうと考える。 
 もちろん、そう思わなければ、こんなものはただの言葉の羅列である。

 

 n という文字が「ナ行」を表す表音文字であり、h という文字が「ハ行」を表す文字であることをわたしたちはわかる。
 そして、それがわからない子がいれば、ひどく不思議なことのように思う。
 けれども、鉄砲を携えて1543年(今の教科書によれば1542年)漂流して種子島にやって来たポルトガル人の船員たちは自分の名前すら書けなかったそうである。
 そして、そのことに種子島の島民は「自分の名も書けないなんて」と呆れたそうである。
 そう言う種子島の住民だって書けたのは多くひらがなあるいはカタカナだけに過ぎなかったが、それでも当時の世界において日本人の識字率は世界の水準をはるかに超える驚異的なものだったことは、その後やって来たキリスト教宣教師たちの証言でわかる。
 わずか26文字のアルファベットを覚えるくらい膨大な数の漢字を覚えることに比べれば大したことはないじゃないか、と思うのは今のわたしたちの感覚であって、ヨーロッパにおいてそれを読み得る者の数は読めない者の数に比べて、圧倒的に少なかったのである。
 当時のヨーロッパの大多数の人々にとって、文字が読めないことはさほどの不都合をもたらさず、はずかしいことでもなかったのだろう。
 いま私たちの多くが、アルファベットと違って、同じ外国の文字であってもアラビア文字やハングルを読めないことに何の不都合も感じないのと同じくらいの感覚だったのだろうと思う。
 文字とは貴族や僧侶が使うもので、自分たちにとってさほどの意味を持たないものだったのだ。
   

 わたしは子どもを持たないので、子どもというものがどんなふうに文字を覚えてゆくものなのかをつぶさに横にいて見たことがない。
 「い」が「い」という音を表すということを知り、「いろはにほえとちりぬるを」をどう自分が覚えたのかも、しかとは覚えていない。
 いずれ、どこかで興味を持ち、教えられ、覚えたことをほめられ、おだてられ、気が付いたらそれを使いこなせるようになっていたのだろう。
 それは、子どもの中に芽生える自発的な「知りたがる」欲求もさることながら、大人たちが子どもたちに読み書きができることを期待し、わたしたちもそれに応えようとしたからにちがいないだろう。
 自国の言葉を表す文字を知り使いこなすことは、社会生活を営む上で最低限必要なものだという思いは子どもたちを寺子屋に通わせた江戸時代でさえ日本人の常識だったのだ。

 たとえ半ば強制的に習得させられたものであっても、それがふだん日常に使われるものならば、それは人の身についてほとんど生得のもののように使いこなすこともできるだろう。
 けれども、そうではない外国語についてはどうなのだろう。
(などと書いてきたが、いやはや、長くなった。
 ここまで書いて、けれども「わからない」ということについて書こうとしていたことの半分も言いたいことを言っていない。
 全然違うことを書こうとしていたのに・・・。
 これでは、すくなくともカフカや道元を引用したことが何の「だし」にもなっていない。
 でもまあ、とりあえず、続きは明日書く、ということにしておわりにしようっと) 


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