行路難
行路難 行路難 行路難 行路難
多岐路 今安在 多岐の路 今安(いづく)にか在る
長風破浪会有時 長風浪を破るに会(かなら)ず時有り
直挂雲帆濟滄海 直(ただち)に雲帆を挂(か)けて滄海を濟(わた)らん
この路はけわしいなあ この路を行くのはつらいなあ
こんなにもたくさんに岐(わか)れた路の 今はどこにいるんだろう
でもね、遠くから吹いてくる風を受けこの波を蹴散らす時がかならずあるのさ
そのときは帆をあげて 大海原へ乗り出すんだ
― 李白 「行路難」 ―
電話番号を聞き終えて
「じゃあ、住所教えてくれや」
と言うと
「うーん、なんだっけなあ。えーと、・・・・忘れたっ!」
と言うのである。
見れば笑っている。
笑いごとではないのになあ。
新しくやって来た中学一年生の男の子である。
うーん、ヨワッタなあ。
英語をいっしょに読む。
本人はちゃんとみんなと口を合わせてるつもりらしいが、出てくる声はまったく出鱈目である。
「おーっと、君はひょっとしてローマ字、読めんのか」
と聞くと、ニコニコうなづく。
「そうだよ、こいつ、パソコンも打てないんだ」
と、前からいる子が横から口をはさむ。
そうなのか。
ヨワッタなあ。
「ちょっと、アルファベット、書いてみな」
大文字は・・・・・・・書ける。
小文字は・・・・・・ e のあたりで怪しくなる。
うーん。
これじゃあ、ちょっとみんなと一緒にやるのムリっぽいなあ。
「おまえ、ちょっとローマ字の特訓じゃあ!
明日の夕方、来られる?」
と聞くと
「うーん、部活がある」
と言う。
それはそうかもしれんが、ちょっとそれどころではないぞ。
「サボれ!」
「えー!?」
えー!?ではない。
これは《命令》である。
この《命令》によって、かつてムライ君という名の高校生も水泳部に入らされたという「あらぬ噂」さえある《命令》である。
中学一年である君のごときに拒む自由は、ない!
というわけで、昨日の夕方彼はやって来たんだが、not の n と name の n が同じく「ナ行」の音を表しているということに、はじめて気づいたらしく、そのとき彼は握りこぶしをした腕をぐっと体に引き寄せて
「わかったぁ!」
と言ったのである。
ガッツポーズというやつですな。
前に座っていた愛ちゃんがにこにこ笑っている。
とはいえ、彼、r と h が何行の音だかはすぐに忘れてしまうのである。
うーん、前途多難だなあ。
行路難 行路難。
引用の李白の詩の訳はかなりいい加減なものなんだけど、でも、いつか彼にも「雲帆を挂けて滄海をわたる」日がきっとやって来るはずです。
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