凱風舎
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やうなきもの

 

 むかし、男ありけり。その男、身を要なきものに思ひなして、京にはあらじ。東(あづま)のかたに住むべき国求めに、とてゆきけり。

 

 ―  「伊勢物語」 ―

 

 ずいぶん長い間昼間ひとりでいる時間がなかったが、明日でどの高校の期末試験も終りになる。
 彼らがやって来るのも今日でおしまいである。

 やっとひとりの時間が戻って来る、と、正直ほっとするのでもあるが、この間かれらの口から洩れるたわいもない話に笑っては気を紛らしてきたのに、これからは世間のことにナマで目を向けねばならないのかと思うと少し憂鬱である。
 そんなことなど知らぬ顔で、本を読み花など見て日を過ごしてゆければ、本当はそれが一番いいのだが。

《昔、ある男がいたのであった。
 その男は、自分のことを世の中で何の役にも立たぬものだと自ら思い定めて、都にはいないでおこう、そんなところから遠く離れた「あづま」の国に、自分が住むべき国をさがそう、と出かけて行ったのだった。》

 『伊勢物語』の「東下り」の男のように《身をやうなきものに思ひなす》というのはなまなかの覚悟ではできないことなのだなあとつくづく思う。


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