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妊娠

 

 

 妊娠の状態よりも厳粛な状態があるだろうか?そこでは為される一切の行動は私たちの内部で生長しつつある存在にとって何らかの意味でプラスになるはずだというひそかな信念のもとに為される。

 

 ― ニーチェ 「曙光」 (茅野良男 訳)―

 

 今は岡山にいる塩出さんからの年賀状に
  やっと私もママになります!
と書いてあった。
 すばらしい!

 で、今日の引用はニーチェ。

 今の彼女は、そのすべての行為の基準が、自己にではなく、自分の内部に生長しつつある存在にある、という状態にあるのでしょうね。
 すごいなあ!
 でも、母親になろうとする者に、自己中心的ではないそのような行為を命じる何ものかがなかったなら、人間のみならず今に命をつないでいる動物の種はたぶん一つもなかったにちがいありません。
 皆、そうやって命をつないできた。
 だからこそ、それは「厳粛な状態」である、とニーチェは言うのでしょう。
 もちろん、彼にとって、その言うところの「妊娠」は多く比喩として語られているのでしょうが。

 その「比喩」に引かれて書いてみれば、人にとって「新しい命」というものが、自分の中に「自己ならざる者」を受け入れる者によってしか生みだすことができないことはとても示唆的なような気がする。
 もちろん、その間、受け入れたものに対する拒否反応としての「つわり」という不快な期間があるかもしれないが、やがて彼女は新しい命が自分の中に育って行く歓びを持つことができる。
 一方、己を主張し、ただそれを外部に撒き散らすだけの者は、何ものをも自分の中に育てることはできない。
 外部のものを受け入れることのない者は、何一つ新しいものを生み出すことはできない。
 そして「学ぶ」という行為もまさに「自己ならざるもの」を自分の中に受け入れる行為であって、それによってしか、人は新しい何かを自分の中にはらむことは出来ない。

 ・・・などと、すぐに本論から離れて愚にもつかぬことを考えておもしろがっているから、私はダメなんだが。
 大事なことは、塩出さんがもうすぐお母さんになるということでした。

 塩出さん、元気な赤ちゃんを産んでくださいね。


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