「気持ち悪いねえ。」
歌舞伎って何ですか?(中略)中村勘九郎が小学生にきかれていた。
歌舞伎はね、オジさんたちだけでやるお芝居なの。
男の人の役も女の人の役もぜーんぶオジさんがやるの。
気持ち悪いねえ。
― 亀和田武 (朝日新聞 「マガジン・ウオッチ」欄)―
昼のニュースで中村勘三郎の訃報を聞く。
勘三郎について、何、知っているわけではないが、思い出したのは、あるとき彼が言ったという
「気持ち悪いねえ。」
という言葉だ。
今、確認のためにノートを見ると ’05/4/3 の日付があった。
まだ彼が勘三郎を襲名する前の記事なのだろう。
テレビで見たのだろうか、それとも「マガジン・ウオッチ」というのだから雑誌に書いてあったのだろうか。
いずれにしろ、そこで見聞きした勘九郎の言葉を亀和田武が新聞に書き留めていたのを、たまたま目にしたのだ。
それをまたわざわざノートに書き留めたりしたのは、このとき、私もまた、この言葉に驚いたのだ。
一流の人で、小学生に自分の仕事を聞かれて、それを説明し、最後に
「気持ち悪いねえ。」
と言える感性を持っている人は、そうざらにはいない。
歌舞伎のことはよくは知らないが、この人はとんでもなくスゴイ人かもしれないと思ったのだ。
まさか、彼が自分のやっている歌舞伎に誇りを持っていなかった、などとは思わない。
むしろ、その世界の大看板として己の芸を磨き、歌舞伎界の発展にも心を砕いて来たことだろう。
歌舞伎界には人間国宝もいれば、叙勲を受けた人も数知れない。
彼自身、国から叙勲されているだろう。
この国では歌舞伎は「すばらしいもの」ということになっている。(実際、私も好きなのだが)
けれども、何も知らぬ子供のごくフラットな目で見たとき、歌舞伎というものが実は「気持ち悪い」ものであることを、彼が忘れずにいたということは、ただごとではないような気がする。
世の中の仕事の多くは、地道で目立たぬ日々の積み重ねをする人たちによって支えられている。
そんな名を知られることもない人々の活動の集積として社会というものが機能し、私たちは日々を営むことができている。
もちろん、世には目立つ職業もある。
芸能人、スポーツ選手、政治家、宇宙飛行士・・・・。
けれども、その中で、自分のやっていることの「気持ち悪さ」を意識している人がどれほどいるのか。
震災以来、さまざまな芸能人やスポーツ選手、あるいは宇宙飛行士までが
「自分のパフォーマンス(あるいは勝利、あるいは「ミッション」)で被災者たちに力を与えようとがんばりました」
などという言葉を恥ずかしげもなく口にするを私たちは聞いて来た。
多くは、きわめて健全なことに、ごく控えめに、であったのだのだけれど、中には本気でそう思っているらしいバカもいたし、今もいる。
自分の仕事に誇りを持つことは大事なことだ。
けれども、どんな仕事であれ、全面的に正しく、全面的に役立つ、などというものは存在しないはずだ。
それがどんなことであれ、そこには、なにがしかの「気持ち悪さ」が混じるものだ。
自分がやっていることの「気持ち悪さ」を意識できるかどうか、それが「ガキ」と「大人」の違いなら、そんな大人の一人が、今日この世から消えたのだと思う。
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