凱風舎
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念のために

 

    lあなた様のお耳に入れば神聖でございますが
    人の耳に入れば汚れます。

          ー  シェークスピア 『十二夜』 -

 山田さん、どうもありがとう。
 でも、山田さんは、むろん褒めすぎだな。
 あんな文章を読むと、この塾の実態を知らない宮沢賢治ファンなんかの中には、《凱風舎》って本当に素晴らしい塾なのねと思ってしまう人も出てくるかもしれない。テラニシ先生ってとても「いい先生」なのかも、などと勘違いする者も現れかねない。あげく、その塾ってどこにあるのかしら、なんて本気になって探し始める人も出てくるかもしれない。
 もちろん、それはたいそう結構なことで、それによって、塾生が増え、私はいよいよラクして人生を歩む・・・・なんてことになれば万々歳だが、まあ、そうはならない。

  言うまでもないことだが、私はゴーシュさんではない。
   まあ、たしかに、ここにはいろんな人が次々やってくるが、そして、今日の午後も森君が久し振りにやってきたが、それはただ単にこの部屋のドアがいつでも開いているからすぎない。
 あと、私とゴーシュ、似ているところと言えば、煙草を二人とも喫っているところぐらい。あとは何にも似ていない。
  まず第一に、私はあんなに親身になって他人の世話を焼くことはしない。
 高校受験が迫った子どもたちに向かってさえ、
「おまえたちがどこの高校に入ろうと落ちようと、わしの人生にはなーんの関係もないもんね。おまえらの人生なんだから、おまえら、自分でちゃんと努力しろよ」
と言うて知らん顔してる。実に冷たい。
 そのうえ、ゴーシュさんが毎晩毎晩、ぐんぐんぐんぐんセロを弾いて自分の為すべきことに向かって実に真摯に努力しているのに対し、こっちのヒロシさんときたら、何の目的もなく、のんべんだらりと日々を過ごしているだけだ。同じ、朝、水をごくごく飲むのでも片や練習の疲れを取り、気合を入れるためなのに対し、一方は二日酔いを覚ますために飲むだけ。これは、大変な違いだ。なにしろ、先生の人生に対する心構えの違いというのは、そこに学ぶ子どもたちにおのずからなる影響を与えますからね。
 まあ、そんなわけで、実態を知らない人はけっして誤解なさらぬように!
 


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