ハニカミシラズ
「どうしてこんな男が生きているんだ!」
― ドストエーフスキイ 『カラマゾフの兄弟』 (中山省三郎 訳)―
森喜朗という男を一度だけじかに見たことがある。
高校生の頃、母校だというので彼が講演に来たのである。
話を聞いていて、私は呆然としたのである。
夢ではあるまいかと思ったのである。
それぐらい、これは私にとって衝撃的だった。
ほんとうの「阿呆」がこの世の中にはいるものなのだ、ということを初めてこの目で見たのだ。
彼は自信に充ち溢れた大きな顔で語ったが、その語るすべてが空疎な言葉の羅列であり、取り上げたどの問題(笑止なことに彼はその多くを「未来の教育」について語ったのだが)にしても何一つ真摯に自分の頭の中で吟味されたものでないことが世間知らずの高校生にもじかに響いて来たのである。
「どうしてこんな男が生きているんだ!」
私はドミートリー・カラマーゾフになっていたのである。
ハニカミ、というものがカケラもない人間というのがこの世にいることを初めて知った日だった。
その人が政界を引退するらしい。
新聞によればこの人は40年以上「政治家」をやっておったらしい。
言うまでもなく、そんな芸当ができる者は「病気」である。
たぶんそれが「病気」だと気づかないくらいバカだったのであろう。
ところで、私にあれほどの衝撃を与えたあの講演会、勝田氏は
そんなもん聞いとられるかい
と、友人たちとさっさとサボって早退してしまったらしい。
うーん、そんな手があったとは!
わが友ながら、さすがの炯眼とは言ふべけれ、でございます。
ということは、実は私は、「風評」とはちがって、かなりまじめでかなり実直な高校生だったのではあるまいか。
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