春になる雨
春の夜のしづかに更けてわれのゆく道濡れてあれば虔(つつし)みぞする
ー 前川佐美雄 『植物祭』 (新潮社日本詩人全集29)-
今、午後八時過ぎ。本を読んでいたらふと雨の音がする。窓を開けて確かめたら、やっぱり雨だった。金沢の人たちには信じられまいが、これが今年になってはじめて聞く雨の音だ。なんとなく、コーヒーじゃなくて紅茶って気分になって、お湯を沸かしに行く。今夜はまだお酒を飲んでいない。
読んでいたのは、池澤夏樹が編集した世界文学全集の『短編コレクションⅡ』。こないだ図書館から借りてきた本だが、まだ誰にも読まれていなかった本らしく、ページをめくるときパリパリと音がした。
装丁は黄色一色。表紙の題字のわずか右下に、銀色の小さな渡り鴨の群れがV字を横にして右から左へ飛んでいる。勝田氏ではないが、装丁の心地よい本はそれだけですてきだ。
その本でさっきまでに読んだ小説はどれも面白かったのだが、雨の音を聞いたら、なんだかすっかり心が小説からはなれてしまった。雨を聴きながらの紅茶もわるくない。
一人でいても、小説を読むよりもっとずっといい時間というのはある。なにもしないで、だれもいないしずかな部屋で夜の雨を聴くのはまちがいなくそういう時間の一つだ。まして、それが春になる雨なら何の文句もない。
引用の短歌は40年前短歌少年だった私のとても好きだった歌の一つ。
ちなみに、この歌を読むときには、百人一首みたいに三句目で区切るのではなく、できれば二句目で軽く息をついて読んでもらいたい。
私、雨に濡れた夜の舗道を歩きながらこの歌を思い出すときはいつも、しみじみと何とも名づけられない「善き思い」が胸にしみだしてくるのですが・・・。
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