命短し恋せよ乙女
あひともに午後を過ごして言ひしこと夜ふけてはかなく思い浮かべつ
ー 柴生田稔 「春山」 ―
高校三年生の一葉(かずは)君が、わからないという数学の問題を持ってやって来た。
高校は試験期間である。
「あんたがわからんような数Ⅲの問題をわしが解けるわけないじゃろ」
と言いながらも、鉛筆を動かして考えていると、当人は問題は私に任せっぱなしで、横にやって来たヤギコを撫でながら
「そう言えば、私、猫みたい、って言われたんだけど、それってどういう意味かなあ」
など太平楽なことを言う。
「そりゃあ、その男がイメージしている猫によるから、わしにはわからんさ」
とこたえると
「え、なんで男の人が言ったってわかるのッ!」
と、さも驚いたように聞く。
「そんなもん、女から言われたって、それが『どういう意味かなあ』なんて、あんた、思わんじゃろ」
「そっかあ。先生スルドイねッ!」
スルドクもなんともない。
そんなもの、おっさんならアホでもわかる。
「で、どういう意味だと思う?」
なかなかしつこい。
けれど、こんなところで図に乗って意味ありげなことを言えば、またしても邑井氏に批判されること必定なので
「そいつが言ってる猫がヤギコなら『おまえって、ホントにうるさいなあ!』とか『金魚の水なんか飲んで、不潔な奴!』って意味やな」
とこたえると
「えー、最悪ッ!」
と笑っている。
周りにいたほかの高校生たちもふふふと笑っている。
ヤギコは床に寝そべったままだ。
・・・というわけで、彼女の中の謎はなぞのまま残されたようだが、驚くべし、もう一つの謎であった数Ⅲの問題の方はテラニシの手によってめでたく解けてしまったのだった。
私もなかなかのものである!
それにしてもいいもんですなあ、相手の言った何気ない言葉の裏に実は何か深ーい意味があるんじゃないかなんて、何度も何度も考えられるってのは。
まあ、そんなものがなくなれば人生に悩みなんて、何もなくなるんだが、それもまあさみしいようなもんだ。
戻りたいとも、思いはしないが。
おほかたのわが事過ぐと思はねどこころしづかに夜半(よは)ありにけり
柴生田稔
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