万朶の花
Ye may simper, blush, and smile,
And perfume the aire a while:
But (sweet things) ye must be gone;
Fruit, ye know, is comming on:
Then, Ah! Then, where is your grace,
When as Cherries come in place ?
お前たちは、しなを作り、頬を赤らめ、微笑み、
わずかな間、この空気を匂わせる。
けれども(美しいものたちよ)お前たちは消え去ってゆき
ほら、やがて、実の成る時がやってくる。
そのとき、ああ、そのとき お前たちのやさしさはどこにいくのだろう、
桜んぼがお前たちの代わりに実るとき。
― ロバート・ヘリック 「To Cherry-blossomes」―
桜の花ってこんなにも匂ったかしら?
そう思うほど今年は桜が匂う。
今年は寒い日々が長く続いたせいだろうか、一気に花開いた万朶(ばんだ)の桜の下を行けば、濃い花の香が辺りの空気に満ちている。
花の香りと言えば日本では「梅」と決まっていて、桜の香を歌った歌を私は思い浮かばない。
というわけで、今日は英語の詩。
大学に入ったとき、毎回まじめに出席した英語は詩を訳読する授業だけだったのだが、今日の引用はその中から。
もっとも、それとても優・良・可・不可の「可」をもらっただけだったのだから訳に責任は負いかねるが。
今日、当地は高校の入学式。
真新しい制服の女生徒たちがすこし誇らしげに母親と歩いている。
この詩に彼女たちを重ねようとは思わないが、同じ詩人は「To the Virgins」と題して
Gather ye rose-buds while ye may,
Old time is still a-flying:
And this same flower that smells today,
Tomorrow will be dying.
まだ間に合ううちに、薔薇の蕾を摘むがいい―
昔から時間は矢のように飛んでゆくものなのだから。
ここに咲いているこの花も今日は微笑んではいるが、
明日は死に果ててゆくに決まっている。 ( 平井正穂編 『イギリス名詩選』 )
と歌っている。
それにしても、洋の東西を問わず、若き日を惜しめ、と大人たちが歌うのはなぜだろう。
年を重ねいつか幼い子どもや若い人たちのことをまぶしく見るようになったとき、人ははじめて桜の花を本当に美しいと思えるようになるのかもしれない。
それにしても九月入学をはじめるというバカげた大学もあるそうだが、何ゆえそんなことまで外国に合わせねばならないのか。
グローバルと言えばそれで正しいことだと思っている。
ローカリズムこそこれからの時代のありようでなければならないのに。
入学式は桜の花の下がふさわしい。
それが日本というものだろうに。
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