凱風舎
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  美しい小鳥たち
  あなた達は私のお友達でもないのに
  しかもあなた達の歌は
  私をやさしくする

  ― マリー・ローランサン 「小鳥」 (堀口大学 訳) ―

 

 

 「こんにちはー」
 低い男の声に続いてもうひとつ聞き慣れた高い明るい声が
 「こんにちはー」
と聞えて来る。
 私は読んでいた本を机に伏せ、コートを着て玄関に行く。
 中代健太郎君と娘の和紗ちゃんが笑っている。

 「水曜日、おひまですか。もしおひまなら昼飯、一緒に食べませんか」
 中代君からそんな電話があったのが日曜日。
 そんなわけで、昨日は高校に合格した和紗ちゃん(かっちん)と3人での昼御飯だった。

 部屋を出て近くのトンカツ屋まで3人で歩いていくとき
 「おや、かっちん、髪の毛、変わったねぇ」
 そう言うと、
 「かっちん念願のストレートパーマだもんなっ」
 娘のかわりに父親がそう言いながら顔を覗き込むと、娘の方は照れたみたいな誇らしいみたいなそんな顔ですましている。
 「そっかあ」
 そう言えば、彼女は中学時代ずっと髪をひっつめにしていたんだった。
 あれは天然パーマを気にしていたせいだったんだな。
 「なんだか、いよいよ高校生っぽくなってきたな」
 そんなこと話ながら、トンカツ屋に着いた。

 私の向かいにかっちんが座り、その隣にはお父さん。
 かっちんはなんだかとてもうれしそうだ。
 いろんなことを父親に話してかけている。
 三人いる姉妹のまん中で、でも今日は自分一人だけが特別な場所で父親を独占できるのがうれしくてたまらないみたいだ。
 時折は拗ね言めいた言葉なんかまで交じるたあいもない二人の会話を聞きながら、私はニコニコしてしまう。
 本当に中代姉妹は誰も誰もみんなお父さんが大好きなのだ。
 仲のいい親子を見ているのはたのしいものだ。 

 帰り、まだ冷たい春の風がぼくらの前を歩く彼女の髪を揺らしている。
 風が髪を弄るという感覚すら、髪を垂らした彼女にはきっとひそかな歓びなんだろうな。
 だからこんな風もきっと彼女は寒くないんだろう。
 今年はまだ沈丁花は咲かないけれど、夢やあこがればかりでいっぱいの胸にはもっといい香りが溢れているんだろうな。
 そんなこと考えながら歩いていた。
 なかなかいい日だった。 


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