The 連立方程式
評価されるのは、冒険が試みられたという事実で、冒険の目的ではない。
― レヴィ=ストロース 「悲しき熱帯」 (川田順三 訳)―
教科書に出てきた、ちょっと複雑な連立方程式の問題をノートに書き写していた二年生の悟郎君が、なんだかうれしそうな声で言うのである。
「なんか、これ、《The 連立方程式 》 って感じですね」
4(x+2) ―3(y-2) =16
2(3x-2) ― x =0
なるほどぉ、《The 連立方程式》 かあ。
たしかに、カッコがついてて、なかなか手ごわそうだ。
「おまえ、詩人やなあ」
「え、なんでですか」
びっくりしている。
「いやいや、詩人だ」
その後、分数の入った連立方程式とか
3x+2y=5+3y=2x+11
といった一行で出来た連立方程式の解き方も習って、そんな問題を解いていた悟郎君が、またまたうれしそうに言うのである。
「なんか、連立方程式って映画みたいですね」
「映画?」
「ほら、解いている途中は、これ、いったいどうなるんだろう、ちゃんと解けるんかなあとドキドキしながらやってるでしょ。
でも、それが、いつのまにか、ちゃんと割り切れる数になって、xとかyとかが出てきて、すっきりするじゃないですか」
「なるほど」
「で、片一方の数が出てくると、もう一つの方はわりと簡単に出てきて、めでたしめでたしのエンディング、みたいな」
「なあるほどなあ!」
そうなんだな、数学の問題が解けるのって、ものすごくワクワクすることなんだな。
悟郎君は今年の春休みからやって来た子で、一年生で習った方程式はおろか、文字式の計算もできなかった子なんだが、いまは方程式を解くのが楽しくてしようがないらしい。
いいなあ!
それにしても、自分が感じていることを自分の言葉でしゃべれる奴、っていうのは、やっぱ 《詩人》 でしょ。