凱風舎
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恋のバトル

 

「あるものはないものばかり」 つづめていえば
そうなるが、ムクドリも、ヒヨドリも

愉快そうに林から出たり入ったりしているではないか!

また、口笛のように風が吹き出すにしても、きょうは
きょう、生きるに値する幻があればいいのだ

 

― 北村太郎 「白いコーヒー」―

 

北村太郎は嵐の翌朝、自分の部屋でコーヒーに熱湯をそそぎながら、自分の憂鬱の理由を

「あるものはないものばかり」 つづめていえば
そうなるが

と考えたりしているが、ぼくは憂鬱でもなんでもない。
それでも、五月五日の子供の日の朝、また今朝もヤギコに起こされてしまったと、ちょっと不平を抱きながら、こんなふうに朝ぐっすり眠っていられないと思うのも
「あるものはないものばかり」
の一種かと、コーヒーを落としていたら、窓の外からただならぬ鳴き声がする。
開いていた窓の外に目をやると、たくさんのムクドリたちが向かいのアパートで立ち騒いでいる。

 

そういえば、今年も、新居選びのムクドリが一羽、向かいのアパートの戸袋を下調べにやって来たのが、四月も半ば過ぎ。
それからしばらく何の音沙汰もなかったが、今月に入って、彼はうるわしい彼女を一羽誘って、新居を見せびらかしていた。

 

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左側の、のど下の胸の羽毛が黒っぽいのが彼で、右のシックなベージュをまとっているが彼女。

彼はせっせと戸袋の中に枯れ葉なんかを運び込んで、必死に自分の甲斐性をアッピールしていたが、彼女はそれを手伝うでもなく、すこし離れたところから傍観するだけ。

 

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彼が部屋の入口から呼んでも、新居の中を覗こうともしない。

 

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そんなことを一日中繰り返していたのを、椅子に座って本を読みながら時折眺めていたのが前の日。
ところが、いやはや、なんですか、この騒ぎは。
数えてみれば、屋根の上に八羽ばかりのムクドリが集まっている。
皆、胸が黒っぽいからオスなんだろう。

 

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警戒する彼と、気になる彼女。

 

やがて、空中からの急襲が始まる。

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あげくは、二羽もつれ合って、地面すれすれまで落ちてゆく。

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一羽追っぱらったと思って戻ってきたら、今度は別の奴がいやがる彼女の脇にちゃっかりいる。

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なんなんだ、こいつ!
許せませんな。

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やがて、しばらくの休戦。

そして、ふたたびのバトル。

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これが、まあ、朝の7時過ぎから、十時を回るまで続きました。
いやはや、人間もムクドリも、恋人と一緒になるのはたいへんですな。
詩人にはわるいが、ムクドリだって、いつも

愉快そうに林から出たり入ったりしている

わけではない。
恋のバトルもあれば、生きるジタバタもある。

実は、この翌日、今度は別のカップルがやってきて、二組のカップルで朝から諍いをしていた。
新居争奪戦。
でも、それも収まり今朝は静かな朝でした。
(やっぱり、夜明けにヤギコに起こされたんですけどね。)

さて、今日の私の

生きるに値する幻

はなんでしょうなあ。