鰹
東海の旧蕩(きゅうとう) 風 緑を吹く
店に上る時新(じしん) 赤玉(せきぎょく)を斫(き)る
正に是れ 江都(こうと) 清和(せいわ)の天
此の時 口饞(こうさん) 所欲(しょよく)を遂ぐ
― 柏木如亭 「詩本草」(揖斐高 校注)―
いやはや、とんでもない風邪であった。
着替えたシャツが目を覚ますたびに水に浸したようにぐっしょり濡れていること三晩に及んだ。
はてさて。
こんなに暖かくなって風邪を引き込むなんて、いったい幾十年ぶりのことであらう。
本人が思っている以上に、体は弱り、老いが進んでおるのだろう。
今朝、ようやく人心地がついたが、思えばこの三日、なにやら飯とも思えぬ粥ばかりを啜っていたせいで、歩き方までじじむさい。
と言うわけで、久しぶりに近くのスーパーに行ってみたら、カツヲが目についた。
昼飯に、背身を一柵買いこんで、幅一センチばかりに切って、しょうが醤油で食った。
うまかった!
兼好は、たしか、どこかの章段で、鰹なんてものは関東の者でさえ人前で食べるのを恥ずかしがるような魚だった、と書いておったはずだが、うまいものはうまい!
この季節、食わない方がどうかしている。
江戸の閑人・柏木如亭が、鰹と題する律詩を作っている。
今日の引用は、その前半四句。
昔馴染みの水面(みなも)を渡る風が木々の緑を吹いておるぞ
店には季節の走りの初鰹 その宝石みたいな赤身を切ってくれ
見たまえ これこそまさに江戸の都の五月の空だ
この季節こそ、おいらみたいな食いしん坊がその思いを遂げる時なのだ
もちろん、これは例によって、相当いい加減な訳なのでございますが、私はむろん兼好より如亭に左袒させていただきます。