《徒然草》 第三十四段
甲香(かひかう)はほら貝のやうなるが、ちひさくて、口のほどの細長にして出でたる貝のふたなり。
武蔵国金沢(むさしのくにかねざは)といふ浦にありしを、所の者は、
「へなたりと申し侍る」
とぞ言ひし。
甲香(かひかう)というのは、法螺貝のような形をしていますが、それよりももっと小さくて、口のあたりが細長くなってつき出ている貝のふたなのです。
武蔵の国に金沢という入江にそれがあったのを、その土地の者は、
「これは【へなたり】と申します」
と言っていました。
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これも、まあ、私に、何も言うことはありませんな。
読んだからといって、
「そうですか」
としか言えない。
だれかの書く《凱風通信》の文みたいなもんですな。
まあ、兼好さんて、関東に行ったことがあるんだなあ、とは思う。
だからといって、
「これをね、関東に行ったらね、《へなたり》と言ってたんですよ」
とか言われても、だからどうした、と言いたくなる。
司氏なら、まちがいなく、
「ほやし、どやちゃん」
と言うところです。
考えてみれば、そもそも、私には【甲香(かひかう)】といものが、何だかわからないんです。
それで、わからないものは調べてみるわけですが、辞書を引いてみると、そこには【貝香】とも書かれていて、その意味は
あかにし(=貝の名前)の蓋。
粉にして練り香の主成分とした。
と、あります。
でも、今度は【練り香】というのがわからない。
それで、「大辞林」と引いてみれば、
香の一。麝香(じゃこう)、沈香(じんこう)などの粉末に甲香をまぜ、蜜で練り固めたものもの。あわせこう。
とある。
どうやら、お香の一種らしい。
これを焚くんでしょうか。
これも門外漢にはわからない。
まあ、わからないものは置いておいて、今度は【あかにし】を引いてみる。
【赤螺】 海産の巻貝。殻は高さ20センチメートルほどで拳状で厚く堅固。
どうやら、私が「徒然草」の記述から想像していたものよりは大きな貝らしい。
ふーんと思って読んでいくと、【あかにし】の項には、もう一つ意味が載っている。
非常にけちな人をあざけっていう語。
なんでも、この貝がふたを閉じた様子が、けちんぼがしっかり物を握って放さない拳みたいだ、というので、そう言うらしい。
で、その後ろには、歌舞伎のセリフとして、こんな例文が載っていた。
旦那も随分アカニシだねえ。
私は、テラニシなので、さいわい、こんなふうに、アカニシ呼ばわれされたことはありません。