《徒然草》 第六段
わが身のやんごとなからんにも、まして数ならざらんにも、子というものなくてありなん。
前中書王(さきのちゆうしょおう)・九条太政大臣(くじょうのおほきおとど)・花園左大臣、みな族絶えん事を願ひ給へり。染殿大臣(そめどののおとど)も「子孫おはせぬぞよく侍る。末のおくれ給へるはわろき事なり」とぞ、世継(よつぎ)の翁の物語には言へる。聖徳太子の、御墓をかねて築(つ)かせ給ひける時も、「ここを切れ。かしこを絶て。子孫あらせじと思ふなり」と、侍りけるとかや。
自分の身分が高いような場合でも、ましてや取るに足らない身分であっても、子どもというものはないままでいたいものだ。
前中書王も、九条太政大臣も、花園左大臣も、みな一族が絶えることを願いなされました。染殿大臣も「子孫がいらっしゃらないのがよろしうございます。子孫のできの悪いのはよくないことだ」と「大鏡」の中でいっています。聖徳太子が御墓を生きているうちに造らせなされたときも、「ここの部分を切りなさい。あすこを断ちなさい。そうやって子孫を断絶させようと思うのだ」とおっしゃられたということです。