《徒然草》 第二段
いにしへのひじりの御代の政(まつりごと)もわすれ、民の愁へ、国のそこなはるるも知らず、よろづにきよらを尽していみじと思ひ、所せきさましたる人こそ、うたて、思ふところなく見ゆれ。
「衣冠より馬・車にいたるまで、あるにしたがひて用ひよ。美麗を求むることなかれ」とぞ九条殿の遺誡(ゆいかい)にも侍る。順徳院の禁中の事ども書かせ給へるにも、「おほやけの奉り物は、おろそかなるをもてよしとす」とこそはべれ。
昔の聖天子がおられた御代の政治の事も忘れ、民の嘆き悲しみも、国がそこなわれて行くのも知らないで、すべてのことに華美の限りを尽くしてそれを立派なことだと思って、仰々しく大きな顔をしている人は、見るに堪えないほどに、思慮がないと見えるものです。
「衣装をはじめ、馬や車にいたるまで、あるもので間に合わせて使いなさい。美しくきれいであることを求めてはいけない」と、九条殿(藤原師輔)が書かれた遺誡にもございます。順徳院のお書きなされた「禁秘抄」の中にも「朝廷での衣服は、粗末なものをもってよしとする」と書いてございます。