ラジオゾンデ
おそらく、日本の将来の危機は、実はこの途方もない、大きな自負心にあるといえるだろう。
― ラフカディオ・ハーン 「戦後」(平井呈一 訳)―
NHKのラジオに「音の風景」という5分番組があります。
各地の行事やら珍しい職業などを音だけで目に見えるように聞かせる番組です。
さて、今から一ヶ月ほど前、その「音の風景」で気象観測のラジオゾンデにマイクを付けて録音したものを放送していました。
ラジオゾンデというのは、気球につけた観測機器で測定した上空の気温やら気圧やらを無線で地上に知らせてくれるものです。
まあ、その番組、聞こえてくるのは、風の音ばかりでしたから、あんまりおもしろくもなかったのですが、女性アナウンサーの説明のナレーションの最後の部分を聞いたとき、私は「そうだったのかぁ」と思わず声を上げてしまったのでした。
賢明なる諸兄諸姉はご存じだったのかもしれないが、どうやって、その観測機器を回収するのかを、私、知らなかったのです。
- あのですね、気球は地上でだいたい直径1.8メートルくらいにふくらませるんだそうです。
中に入れるのはヘリウムです。
そいつを放すとゾンデは見る見る空の高みに昇っていって、だいたい上空3万メートルくらいのところまで一時間半くらいで達するらしい。
もっとも上空には秒速80メートルとか100メートルとかの物すごい偏西風がふいているので、気球はどんどんどんどん東に流されて行くんですが、その間に気圧もまたどんどんどんどん下がっていく。
するってぇと、気球の方は内側の相対的気圧が高くなって、どんどんどんどん膨らんでいく。
そして、ついには、気球の直径は優に10メートルを超えるようなものになっていくんですな。
そして最後は、あんまり膨らみ過ぎて、この気球、パーンといって破裂してしまうんです。
・・・・とは言っても、上空は空気も薄くなっているのでその音は小さいんですがね。
(ほら、真空では音が伝わらないって習ったでしょ?)
てなわけで、積んであった機器は下に落ちてくるわけです。
これを聞いて、私、なんだか「蛙の王様」のお話みたいだなあ、と思ったんです。
あの蛙の王様は、自分を大きく見せたくてどんどん空気を吸い込んでお腹を破裂させてしまいましたが、あれだって、王さまをとりまく家来たち、あるいは蛙の国の国民(?)の、王様のばかげた自負心からくる愚行をたしなめる「圧力」が低くなっていたということもその理由であったかもしれないぞ、なんて考えたのです。
独裁政治とか、専制政治などと言われるものも、実はその中心にある者たちの資質が大きな要素ではあるのでしょうが、それをとりまく社会全体の「空気圧」が低くなることによって、次第に彼らが肥大化していくものなのではないでしょうか。
たぶん権力者をのさばらせない「圧力」とは世論のことであって、だからそれを主導していくジャーナリズムの役目はほんとうに大事だと思うのですが、このごろのあの朝日新聞なんかの論調を見ていると、なんだかこの国の気圧はもう地上1万メートルくらいの低さになってしまっているような気がする今日この頃です。
ゾンデは相当ふくらんでいます。
ラフカディオ・ハーンは、引用のような言葉で、日清戦争の「戦後」、その勝利で自国の国力に「途方もない、大きな自負心」を持った日本人について予言めいたことを書いています。
過剰な自負心を持つ者は、みずからを大きく見せるために息を吸い込んでみせます。
けれどもそれを取り巻く「気圧」さえ正常であったならば、その後の日本の指導者たちの「お腹」が過度に肥大化することはなかったでしょうし、それがゆえに、国全体が《破裂》してしまうなどという形で当たってしまったハーンの予言もただの警告に終わったのかもしれません。
ところで、ゾンデに積んだ観測機器が地上にいる人の頭に当たったりしたらたいへんですが、さっきも言ったように、偏西風でどんどん東に流されるので、だいたい太平洋に落ちてしまうから大丈夫なんだそうです。