風土
あはれ、弓矢とる身ほど口惜しかりけるものはなし。武芸の家に生まれずは、何とてかかるうきめをばみるべき。なさけなうもうちたてまつる物かな。
― 『平家物語』(巻第九 「敦盛の最期」)―
外に出ると、オリオンがおり、シリウスがいた。
シリアの砂漠の上にも夜になればオリオンは立ちシリウスは光っているだろう。
イスラム国に捕らえられている後藤さんが手にしていたのは湯川さんの首の載った死体の写真だったと、朝、生徒から聞いた。
そんなこと耳にしたくなかった。
かなり動揺した。
動揺が去ったあともしばらく考えていた。
そして思った。
湯川さんを殺しその首をかいた男はいったいどんな気持だったのだろうと。
そして、毎年、子どもたちに教えている「敦盛の最期」の文章を思い出していた。
引用文で熊谷直実が「かかるうきめ」と嘆いているのは、自分が人の首をかいてしまったっことだ。
別にイスラム国のその男も、直実のように
目もくれ心も消え果てて、泣く泣く頸をぞかいてんげる。
だったなどとは言わない。
けれどもその心が何も感じていなかったなどとも思わない。
もしそうなら、世界中のあらゆる宗教者たちは殺したその男のためにこそ祈らねばなならないのではないかと私は思ってしまう。
だがそう思うのは、「平家物語」の中の武士たちやわたしが、湿潤な日本に生まれたせいなのだろうか。
「殺さないでくれ!」オバイドは哀願した。
「いまは憐憫のときではない」とアブドルアジズは答えた。
「私は正義を行なうのだ。これは罰せられざる罪に対する正当な懲罰なのである」
刀をかざし、アブドルアジズは刀身をきらめかせた。次いで目にもとまらず彼はオバイドを三たび打った。
第一撃はオバイドの腰を切り、彼の体を前方にかたむかせた。第二撃は彼の首を深く突き刺し、頸動脈から血しぶきが噴き上がった。第三撃はその切っ先で彼の胸を上背部から切り裂いた。切り取られた心臓は、なおもぴくぴくと動きながら、剣のもとに落ちた。
アブドルラハマンの息子はその動きが止まるまで、じっと心臓をながめやった。次いで彼は剣をかざして血のしたたる刀身にくちづけ、頭被いで血をぬぐったのち、つかに収めた。
( ブノアメシャン 『砂漠の豹 イブン・サウド』)
これは先日亡くなったサウジアラビアのアブドラという国王の、祖父か曾祖父に当たる男の伝記の一節である。
ラクダと剣でアラビア半島の部族を切り従えた男の話である。
だが、同じ武人でもここに語られていることは『平家物語』のそれとはまるでちがう価値観だ。
宗教のちがいなのだろうか、
それとも生きる風土のちがいなのだろうか。
わからない。
わからないが、まるでちがう。
鎌倉武士たちは「御恩」のために戦ったのに、彼らはどうやら「正義」のために戦うらしい。
「正義」のために人を殺すらしい。
人はみな「忍びざるの心」をもつことは同じだと思いたいのだが。
わかっていることは、あのオリオンやシリウスは、歴史とやらが始まって以来数千年にわたって、人間というものがどれほど無益な血を流して合ってきたかを黙って見てきたということだけだ。