カコデン
幼児来りて
わが顔を叩く。
汝、元気なる幼児よ
汝の我が顔を叩くは
世にも甘き挨拶なるよ。
― 中川一政 「幼児」 ―
昨日、4年生のリョウタ君が友だちを連れてきた。
名前を聞くと
「センボクヤ・サクトと言います」
という。
「かっこいい名前だなぁ」
と、大学のスペイン語の試験が近いというので勉強に来ていた真君と二人おおいに感心していると、
「みんなにそう言われます」
と澄ましている。
どんな字を書くのかと聞くと
「センはセンダイのセン。それにキタという字を書いて、あとはタニです。
サクトのサクはハッサクのサク。
トはちょっとむずかしいから書きます」
と言って、紙に
《斗》
の字を書く。
おいおい、これが一番やさしい字じゃないか!
でも、四年生では口で説明するのがむずかしいのか。
要するに、こんな名前らしい。
仙北谷 朔斗
やっぱりなんだかカッコいいな。
「朔なんて字を使ってるってとこを見ると、君はツイタチ生まれなのかい」
と聞くと
「いいえ、五日です。誕生日は九月の五日」
実にはきはきしたよい子だ。
むろん、彼は勉強しに来たのではない。
行っている塾の先生がなんだかヘンテコリンな人だと聞いて、リョウタについてきただけだ。
しばらくはリョウタのやっている算数のドリルを一緒に解いてみたりしていたが、それも飽きたか、突然、
「あのう、将棋指してくれませんか」
と言う。
彼もリョウタ君ともども学校の「将棋クラブ」に入っているらしい。
以前、私がリョウタ君に将棋を指してやったことを聞いて自分も一手と思ったらしい。
「強いのか」
ときくと
「まあまあです」
という。
飛車でも角でも抜こうかというと、そのままでいいと言う。
「お願いします」と礼儀正しく頭を下げて始まった将棋は、大人げなくも、またたくまに私が勝ってしまったのだが、それでも、ちゃんと終わった後には
「ありがとうございました」
と言う。
エライものだ。
物おじはしない、けれど、礼儀正しい子、というものは実に気持ちのよいものだ。
はてさて、そのあと、なんだかんだとリョウタ君、真君も交えて学校の話なんかを聞いていたのだが、突然彼が
「あっ!」
と大声を上げるから、なんだと思ったら、
「過去の電話がある!」
と言って机の上の私の電話機を指さしている。
そうですか、これは《過去の電話》ですか。
私、これまで、これは【クロデン】と呼ぶものだと思っていたのですが、平成も27年を経れば、もはやこれは【カコデン】と呼ばれるものになっていたんですね。
正倉院の宝物(ほうもつ)みたいなもんですな。
「子どもたちはおうちに帰りましょう」
という五時に市役所から流れる放送で二人は帰って行きましたが、いやはや、実に愉しかったことでした。
引用した画家の中川一政の詩は、ごくちっちゃな子どものことを歌ったものだけれど、なあに、元気な子どもたちの言動はどれも大人たちへの「世にも甘き挨拶」と言うべきものです。