凱風舎
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野鼠

 

 

 

鳶に吊られ野鼠が始めて見たるもの己(おの)が棲む野の全景なりし

 

 

                                                                       斎藤史

 

この歌の意味はむずかしくない。
鳶〈トビ〉に吊られたノネズミとはむろん獲物として捕らえられた野鼠である。
それが、死の間際になって見たものが自分が棲んでいた野の全景だったというのである。

さてこの野鼠、鳶に吊られながら、ただ自分の不運の死を嘆くばかりだったのだろうか。
私にはこの野鼠が、むしろ恍惚として、己が生きた野を見ているような気がする。

年を重ねれば、人もまた自分が生きてきた人生というものの全景がしだいに眼下に見え始めて来るものらしい。
「全景」というからには、そこにあるのは、自分が生きた時代や国のかたちを含めた全景だ。
そしてそこには当然 「人が生きるということの意味」もまじるだろう。

 

私は何に「吊られ」ているのだろうか。