HUNGARY HONEY
まことにそこは乳と蜜と流る。
― 「聖書」(「民数紀略」)―
南下した寒冷前線が夜半にこの地を通り抜けたという今朝は空が澄んで、その高みにすこし秋めいて見える細引きの雲が数本ずつ静かに流れていた。
日中も空気がからりと乾いて、暑いには暑いのだが子供たちは別にクーラーをつけてくれとも言わず勉強していた。
そして夜、窓から流れてくる風が涼しい。
紅茶だな。
そう思う。
毎年のことだが、季語に「夜の秋」といわれるこんな夜は、やはりそう思ってしまう。
コーヒーではない。
紅茶だ。
パンを焼き、姉がくれた「HUNGARY HONEY」の透明な瓶をひさしぶりに卓上に置いて腰を下ろす。
ふと、こんな短歌のあったことを思い出す。
動乱は遙けく近し東欧の蜂蜜の壜透ける卓上
森淑子
ここで歌われた「動乱」が、「東欧」のどこの国の、いつの出来事を指しているのか、私は知らない。
けれども、21世紀にはいっても、その「東欧」ウクライナには戦いがある。
旧約聖書に「乳と蜜と流る」と書かれた,かのパレスチナの地に今は血と涙が流れている。
かの土地のみならず、ウクライナもまた、そこに住む人びとにとっては豊かな黒土地帯の広がる「乳と蜜の流れる地」であったろうに。
ひさしぶりに夜風の涼しい夏の夜、一人しずかに紅茶を喫す。
透明な壜にはいったHUNGARY HONEYはおどろくほどさらさらとした蜂蜜である。