凱風舎
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お笑い広告

 

 他人の喝采を博したいなら、めいめいがいい気になって自惚れ、自分がまっ先になって自分に喝采を送ることが肝心要(かなめ)、どうしても必要なことなのですよ。

 

― エラスムス「痴愚神礼讃」(渡辺一夫・二宮敬 訳)―

 

「こんな本、売れるんですかねえ」
昨日雷の中をやって来て、たまっていた新聞を広げていた真君がつぶやく。
「何が」
と言うと、
「これです」
と、広告欄を指さしながら新聞を私に渡す。
見れば

『僕は尾崎豊になりたかった』

 

「そんなもん売れるかッ」
そう言って、新聞を返すと
「おっ、でも、なんか、スゴイこと書いてありますよ。

《尾崎豊に憧れながらも傷ついた人を癒すために医療の道を選んだドクターのエッセー》

スゴイなあ、これ。
本気でこんなの書いてるんですかねえ。
なんなんですか、これ」

「それか、それはやな、自費出版の会社でな、自分も本を出したいという世の中のアホウに、
 《いやあ、あなたの文章、すばらしいですねぇ、本になさいな》
とおだてて自費出版させるんじゃ。
でもって、これは、
 《ほら、私どもはこの通り新聞にもちゃんと広告出してますよ》
ってんで、もっと 金をふんだくるためのアリバイ広告や」

「ああ、そうなんですか。
それにしてもすごいなあ。
・・・・・・
おっ!
こ、こ、これもっとすごいですよ。

『アプリコット海岸ストロベリーストリート358』 」

 

 「なんじゃ、それ。またまた、ひでえ題だな」
「なんでも

《大切な手紙を託された少年が交錯する3つの世界を旅するファンタジー童話》

らしいですよ」
「 あほじゃろ」

「おーっと、こんなのも」
真君、大笑いしている。

「『四十三歳の受付嬢』 !」

 

 「やめてくれよ。
受け付け手前で回れ右しちゃうよ、あたし」

「こんなの、どうです。

《私が私であるために・・・これからを生きるすべての人に・・・22歳の凡人が送る185の言葉》

『for  I』 」

 

「なんじゃ、それ。
あんた、「for me  」じゃないんかい。
凡人以下だなあ。
ていうか、22歳で人生を語るなよ!」

「じゃあ、これはどうです。

『阿修羅は語る』。

 

これは

《腐らず、威張らず、飾らず、生きてきた 60年を綴ったエッセイ》

だそうです。
この方、ちゃんと60歳になってから語ってますよ」

「そうか、同じ60年でも、子どもらにイバリくさり、ひたすら己を飾って生きてきたわしとは、さかさまの人生だなあ。
ていうか、そんな淡々としてるんなら、全然、《阿修羅》じゃねえじゃないか」

「まあ、そうですね」
そう言って、しばらく黙って再び新聞を眺めていた真君が、
「こ、こ、これは、スゴイ!スゴ過ぎる!!」
と顔をくしゃくしゃにして再び私に新聞を手渡す。
彼が指先で叩いているところを見ると、その本のタイトルは

 

『終焉のソースヤキソバ』

 

うーん!
何ですか、これは!

なんたる人知を超えたおそるべき言葉の組み合わせであることか!
こんな私まで、思わず手に取ってしまいそうな・・・。

それにしても真君、あなた、新聞を読むのはいいが、こんなくだらない広告を隅々までじっくり読んでて、新大学生として大丈夫なんですかねえ。