風と光
風景の二字は、必ずしも今のわれわれの用法と同じではない。
景の字は明るい日の光を意味する。
― 吉川幸次郎・三好達治 「新唐詩選」―
吉川幸次郎氏は杜甫の
正是江南好風景
落花時節又逢君
(正に是れ江南の好風景
落花の時節 又た君に逢う)
の詩句に註して、引用のように書いている。
「風景」という語は《さわやかな風と明るい日光》のことだというのだ。
要するに「風景」という二字は、中島敦の『光と風と夢』や、安吾の『風と光と二十歳の私と』の、あの「風と光」のことなのだ、と。
さすれば、今日もまた「好風景」。
空は晴れ、やはらかな風が吹いている。
とはいえ、古墳公園の桜のつぼみはまだ固く、杜甫が歌った「落花の時節」には遠い。
埴輪の馬のそばの辛夷の花もまだ三分咲きと言ったところか。
けれども、今日もあたたかい。
こうやって切り通しの土手にすわっていると、花はなくとも、たしかに春だとわかる。
下の道をバスが行く。
波郷の俳句を思い出す。
バスを待ち大路の春を疑はず
石田波郷