もうひとりの「弘さん」
〈知〉は行動の一様式である。これは手や足を動かして行動するのと、まさしくおなじ意味で行動であるということを徹底して考えるべきである。つまらぬ哲学はつまらぬ行動に帰結する。なにが陽明学だ。なにが理論と実践の弁証法的統一だ。(中略)こういう哲学にふりまわされたものが、権力を獲得したとき、なにをするかは、世界史的に証明済みである。こういう哲学の内部では、人間は動物になるか、他者を動物に仕立てるために、強圧を加えるようになるかなるか、のいずれかである。
― 吉本隆明 「追悼私記」― (鶴見俊輔 『思い出袋』より)
そのひとは静かだった。
そのひとは相手の言葉を最後までしずかに聞き、そして話した。
その言葉にはすこし訛りがあった。
そのひとは木について話した。
あるいは風景について話した。
最も遠い風景が、実は最も近いものとして人の心に立ちあがってくる、そのことを話していた。
そのひとの語る言葉に、自分を際立たせようとして語る言葉なぞどこにもなかった。
自分の感情を自己のアリバイのようにして語ることもなかった。
淡々と、静かに、けれどもけっして弱くない言葉で、そのひとは話していた。
自分という存在で世界をおおい尽くそうなどというこの世紀に蔓延する肥大化した自我とは無縁なところで、そのひとは自分という存在のなんでもなさにしっかり根を生やして、詩人であった。
おなじ「弘」という名前だけれど、そのひとはわたしとはまったくちがう「弘さん」だった。
長田弘さん。
土曜日の午後、教育テレビの「こころの時間」に出ていた。
長田さんは、かつてこの番組に出てきたどの宗教者たちよりも、わたしたちの生と死が実はほんの一つの偶然にしかすぎないことを心から知っている人に見えた。
人には、その本質において、守るべきものなぞ何もないことをほんとうに知っている人に見えた。
それにしても、なんと静かに、なんと穏やかに、そのくせ一歩も引かぬ勁さで彼は語ったことだろう。
その勁さは、世に流布し語られる出来合いの何ものにも頼らず、己の感じる力、それだけをもとに自分の頭でものごとを考えることから来る勁さだった。
それは「〈知〉という行動」を不断に静かにおこなってきた人にのみ現れる勁さだった。
私も、なりうべくんば、あんな「弘さん」になりたいと思った。