凱風舎
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雪かき

 

 ドストエフスキーは、「死の家の記録」のなかで、徒刑囚のありのままをわたしたちに見せてくれる。(中略)徒刑囚は労働をしている。そして、しばしば彼らの労働は無益である。(中略)かれらはそのことをよく心得ている。かれらは怠惰で、陰鬱で、不器用である。しかし、一日分として終わる仕事があたえられると、たとえそれが耐えがたい困難な仕事であっても、かれらは器用で、巧妙で、陽気になる。雪かきのような実際に有益な仕事になると、さらにいっそう、そういうふうになる。

 

 ― アラン 「幸福論」 (白井健三郎 訳)―

 

 

 昨日一日降った雪も止んで今日はあたたか。
 窓を開けているとぽかぽかした春の陽射しが部屋にさしこんで来る。
 たくさん積もった屋根の雪も、十時過ぎにはもう次々に音をたてて滑り落ちてくる。

 今日も午前中からやってきた子どもたちに、山田さんが撮った【ねこ雪だるま】の写真を見せたら、「スゲエー!」だの「負けたっ!」だの口々に言ってはいたが、だいたい男子の中学生に、
  カワイイ雪だるまを作ろう!
なんて発想なんてものは、そもそも湧きはしないのだ。
 あんたらに、マケタもクソも、言う権利は、ない!

 というわけで、中三男子たちは今日もまた、みんな集まると、スニーカーは言うに及ばず、各自の靴下までもがべとべとに濡れるまでひとしきり外で雪合戦じみたことをやって(まあ、泥んこ遊びをする幼稚園児と変わりませんな)、そうは言っても今日は入試の三日前だというので、その後は殊勝にもみんなで時間を計りながら他県の去年の入試問題を五科目をまじめに静かに解いている。
 で、わたし、例によってやることがない。

 さて、そんなわたしの耳に、ふと、窓の下から向かいのアパートのばあさんたちの嘆きの声が聞こえてくる。
 晴れたはいいが、雪が積もって歩きにくくてたいへん、ってな会話である。

 そうかい?
 そうなのかい?
 何ッ!あなたたちは力がなくて雪かきができない?
 早く言ってよ!
 ここにヒマを持て余しているおじさんがいるじゃない!

 というわけで、ばあさんたちが部屋に引っ込んだのを見計らって、わたし、雪かき始めました。
 なんと言うんですかなあ、子どもの頃、雪が降れば、勇んで「雪どかし」をやっていたのを体が覚えているというのでしょうか、なんだか、よくはわからんのですが、楽しいんですな、これが。
 ちっとも苦じゃない。
 それどころか、スコップで雪に縦に四角く切れ目を入れて、それをごっそりすくいあげるたびに、脳内に快楽物質がこんこんと湧き出て来るんですな。
 変なものです。
 まあ、なにしろ、アラン氏によれば雪かきは《有益な仕事》ですからね、こころが陽気になります。

 
 というわけで、わたくし、1時間ばかりも雪かきをやったおかげで、なんだかとてもしあわせな気分なんですが、明日はたぶん、相当の筋肉痛のはずです。