凱風舎
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柿スパゲティ

 

Hunger is the best sauce.

(空腹は最高のソースである)


― 「故事ことわざ辞典」―

 

先日、新聞を読んでいた真君が、
「これ、うまそうですね」
と、料理欄のナポリタンの写真を見せる。
腹が減っていたのだろう。
そもそもナポリタンなんて、ハムとピーマンか何かを炒めて、そこにパスタを放り込んであとはケチャップをドバドバかけて混ぜればできるもんだろうに。
記事を読んでみると、まあ、おんなじようなことが書いてあるが、ケチャップを二回に分けて入れるのが味の秘訣だと書いてある。
具を炒めているときに半量、残り半量を麺と一緒に入れる。
そうすれば、ケチャップが甘さと酸味の二色の味を生み出すのだという。
ふーん。

「じゃあ、これ作ってみるか」
と、二人分の麺をゆでて、記事の通りに作ってみる。
うまいか、と言われれば、まずくはない。
若いころ、喫茶店でマンガを読みながら食べてたナポリタンの味である。
しかし、うまいってほどのものじゃない。
まあ、そもそもが、ナポリタンである。
うまいもまずいもない。

「まあ、スパゲティで一番うまいのは、ケチャップなんか使わないトマトだけの奴だな」 
食べ終わって、私がそう言うと、
「そうなんですか」 
と今食べた大皿のナポリタンに大満足の態の真君が、わりと気乗り薄に言うので、
「そんなら今度、作ってやろう」
と私、ちょいと意地になって余計なことを言ってしまった。
それで、昨日の日曜日、真君には腹をすかせてやって来るように言っておいた。
うまさには自信はあるが、「最良のソース」を忘れてはいけない。
まあ、作るのはいたって簡単なんだが。

麺をゆでる。
トマトの缶詰を開ける。
1センチほどの厚さにバターを切っておく。
麺がゆで上がったら、フライパンにそいつらを放り込む。
混ぜる。
バターはたんと入れる。
オリーブオイルなんて余計なものは入れない。
肉の類も入れない。
シンプル・いず・ベスト。
皿に盛る。
出来上がり。
うまい!

そうやって日曜の昼過ぎ二人麺をすすっているのを、勉強に来ていた中三の子供たちがうらやましそうに見ている。 
こいつらは、さっきコンビニで買ってきたパンなんかをかじっていた。
「どだ、うまそうだろ」
「うまそうです」
「そう見えて、実はうまいんだな、これが。な」
と言うと、真君が
「マジ、おいしい」
と調子を合わせる。
「でも、あげなーい!」 
と、私、いかにもうまそうに食べ続ける。

 

ところで、肉も何にも入っていないパスタなんてのはすぐに腹が減ってしまう。
二時間ほどして、真君に
「おまえ、腹減らないか」
と聞くと、真君も
「減りました」
と言う。
子どもらまで
「おれらもー」
と言う。
合わせて五人か。
麺はかろうじてある。
バターもある。
けれども、トマトは半分以上使って残りが少ない。
ふと、目をやると、机の上に完熟柿。 
「《完熟ぐじゅぐじゅ柿のスパゲティ》 ってのはどうだ。トマトそっくりじゃん」
「いいかも!」
と言うのは真君だけで、中学生は半信半疑。
実は言い出した私も半信半疑。
でもまあ、男ばかりである。
作ることにしよう。

要は、トマトと柿を半々混ぜてフライパンで温め、あとの要領は初めに同じ。
食ってみた。

「うまーい!」 
子どもらが言う。
たしかに、うまい。
酸味の方はトマトが請け負い、柿がほんのりとした甘味を加えてなかなかのものである。 
ちょいと御子ちゃま向け、ではあるが、なかなかうまい!

もっとも、みな、かなりの空腹であったことは割り引かなければならないかもしれない。
とはいえ、おヒマな人、オタメシあれ。

実はホントにかなりうまい!