凱風舎
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時代

 

山頂では谷間で思っているより暖かいものだ、とりわけ冬には。


― ニーチェ「人間的な、あまりに人間的な」(阿部六郎訳)―

 

1973年だと書いてある。
巨人のV9が達成された年だ。
今から40年前のことだ。
だとすれば、昨日93歳で亡くなられたという川上哲治氏は当時53歳だったということになる。

ほんとうにそうなのか、目を疑う。
けれどもたしかにそうなのだ。
だとすれば巨人の9連覇が始まった年、川上氏は40代の半ばだったのだ。

ほんとに?とやはり思う。
当時の川上氏はどう考えてみても今の私ほどの年に見えた。
それほどに老成して見えた。
むろん、気楽に子どもを教えて日を過ごしてきた人間と比べるのもどうかとは思うが、それでも、昔の40代50代は今よりずっと「大人」だったような気がする。
それともそれは川上氏だけの話なのだろうか 。

私たちの小中学校、高校、そして大学時代の半ばまで、野球と言えば巨人だった。
なにしろ巨人しか優勝しなかったのだ。 
当時我々の選択肢には巨人ファンかアンチ・巨人か、その二つしかなかったように思う。
そもそも、野球すら国民的スポーツというその圧倒的地位をすでにおりてしまっている今、ファンになるにしろアンチになるにしろ、それほどに強固な存在があった 時代をもう私たちは持つことはないのだろう。

言うてしまえば川上氏はずっと「山頂」にいた人だった。
今朝の新聞によれば、V9の間、彼は選手とも打ち解けるふうのなかった人のようだ。
けれどもたった一人座っていたその「山頂」での孤独は、ニーチェが言うように、私たちが思うよりもずっと「暖かい」ものだったのかもしれない。
そんな暖かさを知ることが老成をもたらすのかもしれないのだが・・。