六月の日曜日
砂漠の中に、
火が見えた!
砂漠の中に、
火が見えた!
あれは、なんでがな
あったらうか?
あれは、なんでがな
あったらうか?
― 中原中也 「砂漠」―
六月だというのにその街には緑の街路樹が一本もなかったなあと思う。
(ほんとうにそうだったのかどうかはわからないけれど。)
地下鉄しか通っていないので、その街には駅前すらなかった。
ただビルとビルとが建ちならんでいる。
ただビルとビルとが建ちならび、
それにはさまれて、ところどころに地下への階段が口を開けている道路がまっすぐに伸びて、
日曜日、人影がない。
もうすっかり夜なのに、街灯に照らされて街は奇妙に黄色く明るいのだ。
そんな中をときおり車が走り抜ける。
二三台続けて走ることもある。
歩いているのはぼくたちだけだ。
「こんなところで会うなんて、すごく不思議。」
とその人はなんだかうれしそうに言う。
そう言われたので、ぼくも、それがすごく不思議なような気がしてくる。
なんだか、デ・キリコの絵の中にいるようだ。
なんでぼくたちが歩いているのかもよくわからない。
不思議と言えば、その人がずいぶんちいさく、そしておさなく見えることも不思議だ。
もうずいぶんと大人のはずなのに。
そのひとは少女のように素足に平らなサンダルをはいてぼくの前をずんずん歩いて行く。
それはまるで時間が止まっている世界をたったひとりで歩いてるみたいだ。
「あすこがわたしの新しい部屋。」
ずいぶん歩いたあと、そう言って、そのひとはマンションの何階かの部屋を指さす。
「そう」と答えて、でもぼくはそれがどこの部屋なのかわからずにいる。
それから「じゃあ」と言ってぼくは歩きだす。
交差点で振り向くとそのひとが手を振っている。
ぼくも手を挙げる。
あれはなんだったのだろう、といまでも思う。
あの場所はなんだったのだろう、といまだに考える。
よくはわからないが、あれは重力と時間がこの世とはちがう世界のようだった。
うまく言えないが、そんな場所だった。
一度きりだけれど、そして何の意味もないのだけれど、何度も何度も思いだす、そんな場所。
そんな時間。
(と、こんなことを言ってもうまくは通じないだろうけれど。)
それにしても、あのデ・キリコの絵のような街
どうやって行けば行けるのか、いまでもぼくにはよくわからないのだが。