凱風舎
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遥拝・参拝

 

 この地方の訛り言葉によると、村内にどさくさがあることを「村が、めげる」と言う。また部落内にどさくさがあることは「こうちが、めげる」と言う。「こうち」とは、部落または近所隣のことである。「めげる」とは、ものの毀れることで、平穏無事な日常に破綻を来たす、といったような意味である。当村大字笹山でも、ときどき「こうちがめげる」ので、部落内のものが困っている。専らの原因は、元陸軍中尉、岡崎悠一の異常な言動による。

 

― 井伏鱒二 「遥拝隊長」―

 

 

 井伏鱒二に「遥拝隊長」という昭和二十五年発表の作品がある。 
 今日の引用した言葉で始まる小説は、戦時の愚かさを、戦後の村落の中に静かに描いて、傑作である。

 さて、引用に続く次の段落の始まりにはこう書かれている。

  岡崎悠一〈三十二歳)は気が狂っている。

 この岡崎悠一の頭が狂ったのは、戦争中、トラックの荷台から転落して、コンクリートに頭を打ったからである。
 その結果、彼だけが戦争が終わった後も、戦争中の軍隊での習慣をそのまま持ち続けることになってしまったのである。
 彼は食事中突如威儀を正して軍人勅諭五カ条を唱えはじめたり、あるいは村人に向かって不意に「歩調をとれえ」と気合を込めた号令をかけたりするのである。
 そして、あげくは「愚図々々いうと、ぶった斬るぞお」などという物騒な言葉までどなりはじめたりするのである。
 小説にはそのような悠一が引き起こす村内のあれこれの事件が語られていくのである。

 さて、「遥拝」とは遠く離れたところから神仏を拝むことを言うのであるが、戦争中は、なにかと皇居のある方角へ向かってこの「遥拝」が為されたものらしく、特に岡崎の指揮する小隊では、事あるごとに彼の指揮でこの遥拝が行われたので、彼は「遥拝隊長」とあだ名されたのである。
 事あるごとに「遥拝」を強要する愚は、むろん当時その部下たちの密かな怨嗟の的にはなっていたが、そんなことを口にすれば、ビンタが飛ぶし、またその馬鹿さ加減はすくなくとも「軍紀違反じゃない」ということで周りの隊長たちからは黙過されていた。
 それでよしとされたのである。
 だが「遥拝」にかぎらず、軍隊内部の出来事や、その他戦争中の出来事は、言うまでもないが、戦争がおわってみればすべて異常なことであった。
 そして、当時普通の人々は、それをヘンなことだと思っていても、口にできなかったのである。
 そのことを含めて、戦争中は異常な人びとの異常の言動をあたりまえと思う異常な社会であった。
 戦争中とその言動を変えない岡崎悠一のことを
  気が狂っている。
と言い切るその言葉に込められている意味を、この短い小説を読み終えた私たちは正確に読みとることができる。
 ここに書かれていることは、彼の言動が「正常」とみなされた戦争中の日本(あるいは日本軍)のありようが「気が狂っていた」ということである。
 そのことを井伏は声高にではなく小説として書いてみせたのである。

 

 さて、昨日169人の国会議員が靖国神社に「参拝」したそうである。
 安倍首相は真榊を奉納し、麻生副総理以下二名の国務大臣も「参拝」をしたらしい。

 ところで列をつくって参拝なされた諸先生方は国会議員でない時もこのように参拝なさっていたのであろうか。
 すくなくとも今回初めて国会議員になられた各位のそのことに関する調査を新聞は載せていただきたいものである。
 そして、もし今回が個人的にも初めての参拝だというのなら、国会議員になったからといって、是非にもかかることを為すべき特段の理由が彼らにあるのであろうか。
 それをお伺いしたいものである。
 もし、それを行うことが、小隊長になってよろこんで「遥拝」をその隊で行っていた岡崎中尉と同じ精神構造によってであるならたいへんヨワッタコトダと私は思うのである。
 このような人びとを私の故郷では「うれしが」と言う。
 「うれしが」は、のぼせあがった「うれしがり屋」ということで、むろん、けなし言葉である。

 国会議員の先生方は「国益」という言葉が大好きである。
 なんとも気持の悪い言葉であるが、それにしても、このようなことを行って、平穏無事であるべき周辺諸国と、ことさらに「めげる」ことが、その「国益」とどう結びつくのか、私にはさっぱりわからないのである。
 それよりなにより、正常が「異常」になり、異常が「正常」とみなされる社会が、わが国ではほんのすぐそこまで来ているのではないか、という気がしてくるのである。