凸レンズ
幼き恋は
燐寸(マッチ)の軸木
燃えてしまへば
あるまいものを
― 中原中也 「幼き恋の回顧」 ―
「先生、わかりませーん」
理科のワークを開いていたジュリちゃんが手を上げる。
期末試験の前日である。
どれどれ、と行ってみると、彼女が指さしてる問題には
物体をレンズの焦点距離の二倍のところに置くと、スクリーンには物体と同じ大きさの倒立の像ができますが、物体をそこから焦点の方に近づけていくと、できる像はどのような距離にどのような大きさの像ができますか
とある。
「あのな、こういうのはわしにもわからん。じゃから、こういうときは図を書いてみるんや。そうすればわかる」
そう言ってノートに定規で線を引かせ、焦点を適当に決めて、その二倍のところに ↑ を立てて作図をさせる。
「なかなかうまいやないか」
そう言いつつ、もう一本その内側に同じ大きさの ↑ を書かせて同じように作図をさせる。
「どうなった」
「今までより遠くで大きくなってる」
「ほーか、ほんなら、そう書いとけ」
言われてそれを書いてたジュリちゃんが
「そーかぁ、わかったぁ!」
と頓狂な声を出す。
「これって、恋と同じなんですねッ!」
「なんじゃ、そりゃあ」
「あのですね、誰かを好きになるじゃないですか」
「ほぅ」
「そうすると、近づこうとするじゃないですか、その人に」
「なるほど」
「その時って、相手の人って大きくなってるじゃないですか」
「そうなんですか」
「そうなんですぅ。で、その人の姿は大きくなるんだけど、でも、その人は今までより遠くにいるみたいに見えるんです」
「はあ」
「ね、いっしょでしょ?」
「何が」
「だから、レンズと恋愛。だって、近づこうとすると相手の像は大きくなってるのに遠くにいるんですよ。いっしょでしょ」
「ははあ。ようわからんけど」
「いいんですぅ。私わかっちゃったもん!」
なるほど、そうですか。
どのようなものであれ、あなたがわかっちゃったのならそれに私が文句をつける筋合いはない。
ともかく、どうやらこれが中学一年女子の「恋愛観」らしいです。
すばらしいですなあ。
読者諸姉にも覚えがございますでしょうか。
不意に春めいてきた今日のあたたかい午後のことでした。