鹿
鹿は 森のはずれの
夕日の中に じっと立っていた
彼は知っていた
小さい額が狙われているのを
けれども 彼に
どうすることが出来ただろう
彼は すんなり立って
村の方を見ていた
生きる時間が黄金のように光る
彼の棲家である
大きな森の夜を背景にして
― 村野四郎 「鹿」 ―
村野四郎の「鹿」は、不意に訪れた逃れられぬ死の迫る刹那を描いて残酷にも美しい詩だ。
不意の出来事に、今目に見えていることをただちに次の行動につなげる回路が切断され、ただじっと自分の命を奪うものを見つめている、鹿の不思議な諦念。
世界から音が消え、鹿の澄み切った両の目だけがこちらを見ている。
こんな静かさを人はどこで失くしてきたのだろう。