黒電話
完全に均質化され、ディジタル化され「操作された」現実としてのヴァーチャル・リアリティは、それが完璧で、コントロール可能で矛盾対立を含まないので、現実そのものにとって代わることになる。(中略)
なぜなら記号とは常に事物の消滅だからである。
― ジャン・ボードリヤ―ル 「パスワード」 (塚原史 訳)―
土曜日の午後4時きっかりに電話がかかって来た。
「ほーい、テラニシですがぁ」
と、いつものように出てみると、電話の向こうからは感情のこもらない女の声が聞えて来る。
なんじゃろか、と思っていると、電話は
この電話は番号をコンピューターで無作為に選んだ世論調査です。
と言う。
今度の総選挙の世論調査。
おーっと、そんなもんに選ばれることもあるんだ!
ここは是非とも安倍自民党の支持率を下げてやろう!!
ワクワク。
と手ぐすねひく気持ちで電話の説明の声を聞いていると、電話はやがて
解答はすべて電話機のボタンを押してお答えください。
と言う。
どいやどいや、これ、黒デンだぜ!
ボタンなんかねーよ!!
と、思う間もなく
それでは、第一番目の質問です。
今度の16日に衆議院議員選挙がありますが、あなたは投票に行かれますか。
すでに、期日前投票に行った方は6番を
必ず行くつもりの方は7番を
たぶん行くだろうという方は8番を
たぶん行かないだろうという方は9番を
そして、投票に行かないつもりの方は0番をそれぞれ押してください。
あのね、私のところにボタンはないの。
声じゃ、ダメなの?
どうすりゃあいいのよ、この私・・・と思いながらも、開き直って次の質問を待っていると、先の質問の10秒ほどあとに電話の向こうの声は言うのである。
ご協力ありがとうございました。
切れてしまったのである。
そんなぁ!
私への質問はたった一つなのね。
答える気、満々だったのにぃ!
安倍がいかにトンデモナイ野郎であるかを5分でも10分でも話せたのにぃ。
でも、私ったら、アンケートに協力しない人に数えられてしまったのね。
うっぷ。
黒電話の所有者は世論調査に参加できない。
それというのも、21世紀も10年代に入ったこんな時代に、家の電話が「黒デン」ということ自体、すでにその所有者が「世論」からかけ離れた存在であることを如実に示しているのだから。
質問を一つでやめてしまったコンピューターは正しいのである。
世論調査が求めている「世論」とは、並べられた質問の選択肢に手元のボタンで10秒以内で答えてくれる者のすばやい反射であって、熟考された論議ではない。
とはいえ、なんだかんだ言っても、今日の私、「選ばれし者」ですからね。
それだけで、なんとなく、鼻の穴が広がってしまってる。
で、電話が切れた後、かくかくしかじかだったと部屋で勉強していた高校生たちに話したあと、
「おーっと、こんなのに当たるってことは、宝くじなんか買ってみると当たるってことかもしれんなあ!」
などととほざいていたら、
「だって、先生、結局、ハズレだったじゃん」
と言われてしまった。
うーん、たしかに!
黒電話の所有者はもちろん宝くじにも呼ばれていない。