紅茶
秋の夜や紅茶をくぐる銀の匙
日野草城
ようやく秋になったらしい。
というわけで、今夜は紅茶です。
毎年、秋になったな、と思うと砂糖をちゃんと入れた紅茶を飲みたくなるのは、引用の俳句を思い出してしまうからなのか、それとも紅茶を飲みたくなるからこの俳句を思い出すのか。
いずれにしても、今夜は虫の声だけが聞こえる静かな夜です。
紅茶といえば中村稔の『鵜原抄」という詩も思い出します。
紅茶が出てくるのはその3番目のソネットです。
ふりしきる星明かりの下、
沖に鳴る潮の音と
松の梢に鳴る風の音とがまざりあう
岬にきて、私たちふたり紅茶を喫す。
川沿いにつづく家並の灯も
岬の蔭の養魚場の灯も、もう消えた。
私たちは人々と訣れてきて、
人々は私たちをとうに忘れている。
海に白くかがやく波がしら、
きり立つ崖となつておちこむまで、
海にはりだしている小さな岬。
その岬に来て、私たちふたり紅茶を喫す、
行きもやらず戻りもやらず、どよめきかわす
潮の音と風の音とを聴きながら。
これは夏の海辺。
けれども、夜風は涼しそうです。
そしてこの紅茶もおいしそうです。
人々と訣れ、人々から忘れられて二人飲む紅茶は、むろんおいしいに決まっています。
静かな時間が静かな心を連れて来てくれます。
(鵜原には山田さんのいた大学の合宿所があったと記憶していますが、彼女は合宿の夜、紅茶を喫したのでしょうか)
そういえば、この詩の2番目のソネットにはこんな詩句もありました。
物言うな、
かさねてきた徒労のかずをかぞえるな、
肉眼が見分けうるよりもさらに
事物をして分明に在らしめるため。
今日はなんでもスマートフォンの新型の発売日だったとか。
こんな詩句を引用しても誰も気にしないのかもしれません。