義和団
いま起きているデモは抗日であれ環境であれ、『官製』ではありません。人々は騒ぎを起さなければ政府は耳を貸さないと思うようになっています。意見を言う場がないからです。政策の決定過程は不透明で、自由な報道もありません。民意を表現する非常に有効な『武器』である投票も、ない。環境に限らず、物を言いたい人たちは、車をひっくり返し、役場に押し入るしかない、と。ある意味で(辛亥革命が起きた)清朝末期に似ています。
― 戴晴 「環境デモが映す中国」(朝日新聞8・29 インタビュー)―
昨日、三年生と英語の暗誦をやっているとき、
Many girls in Japan like wearing yukata at a summer festival.
という文を、どういうわけだか、どもってしまって、
Many girls in Japan like wearing yukata atatatatatata・・・・
と言ってしまった。
みんなくすくす笑うので、
「なんだよ、わらうなよ」
と、こっちもテレ笑いしながら言うと、アキラ君が
「だって、ケンシロウみたいなんだもん!」
と言うので大笑いしてしまった。
たしかに
アタタタタタ・・・
はケンシロウであるな。
でもまあ、あの「北斗の拳」という漫画はたしか俊ちゃんたちが中学生の頃流行ったように記憶しているが、今どきの子どもも知っているらしい。
「もうお前は死んでいる!」
という奴だ。
ところで、このケンシロウという男は《北斗神拳》というのの継承者ということになっているらしいが、実際中国には「北斗」という冠名はつかないが、《神拳》という拳法が存在したことがあるらしい。
・・・などということを知っているのは、先週の新聞にあった引用のような言葉を読んで、
どれどれ、清朝末か
と、こないだ図書館で目についた三石善吉の「中国、一九〇〇年」(中公新書)という本を読んだからである。
その本によれば、小林拳の流れをくむ《神拳》が中国史上にはじめて登場するのは1717年なのだそうで、それが日清戦争以後の山東省で一挙に盛んになったという。
なにしろこの《神拳》を学べば
病気が治る、盗賊を防ぐことができる、どんなことにであっても他人にしてやられることはない
という効能があるのである。
これが一九〇〇年の義和団事件を引き起こす山東・河北地方の拳法集団の一つになっていくのだが、それらの拳法の多くは、それを極めると
心を落ち着かせ、意志力で「気」を支配し、内にある「勁力」を体のある部分に集中し、物体の衝撃力に対して適応できる力や、外に向かう爆発的な力を生み出すことによって、刀で切りつけても体に傷が付かず、ただ白い線だけが付く
という、不死身の体になるのだそうである。
それどころか《神拳》の神に祈れば、洪水さえ引いてしまうのである。
「なんだよ、ばかばかしい、それってマンガじゃん!」
などと言ってはいけない。
ことほどさように19世紀後半の中国はとんでもない社会だった、ということなのだ。
ここに、洪水や盗賊の難から逃れることができる、という言葉が出てくると言うのは、そのようなものが日常的に当時の農民たちを脅かしていたということである。
汚職による手抜き工事によって黄河は毎年のように氾濫し、かてて加えてアヘン戦争以来内地に進出した中国蔑視観を持つプロテスタント宣教師たちは、イバリちらし、ごり押しで中国人の土地を奪っていく。
中国人でない私でさえ、これら役人と外人の所業には「怒りの鉄拳」を加えたくなるほどである。
思えば、ブルース・リーに代表されるカンフー映画が描いていたものは、アヘン戦争以来、外国に理不尽な抑圧を受けて来た中国の民衆が徒手空拳で立ち向ってそれをやっつけるという「義和団的心情」のあらわれだったのだなあ。
ところで、これらの拳法の神様というのは多く
唐僧・沙僧・八戒・悟空
なんだそうである。
つまりあの「西遊記」の登場人物ですな。
「そんなん神様にするなよ!」
と言いたくなる。
たしかに悟空は強そうだが、猪八戒はどうよ!
私のイメージではあれは食い意地と色欲の塊みたいに思えるんだが。
もっとも、それはそれで、なかなかよい神様であるかもしれないけど。
ちなみに、若き日の邑井氏のごひいきであった、三国志に出てくる「常山の趙雲子龍」もまた彼らの神様の一人でしたぜ。
というわけで、義和団と中国拳法については、わたくし、なかなか詳しくなったのですが、今の中国がほんとうに清朝末期に似ているのかどうかは、判断がつかない。
なにしろ、今の中国がはたしてどのようなものであるか、よくはわかっていないので。
とはいえ、そもそも、日本の社会も一皮めくればその底流が百年前とほとんど変わらぬような心性で動いているように、日本よりはるかに長い歴史を持つ中国が百年、二百年といった単位でその心性を変えるものかどうか、という話なのかもしれません。