金亀子
金亀子(こがねむし)擲(なげう)つ闇の深さかな 高浜虚子
コガネムシはアホである。
ブーンと音を立てて飛んできたかと思うと、ガンと蛍光灯にぶつかって、コツンと机に落ちて仰向けになって死んだふりをしている。
アホウである。
コガネムシというのは昆虫の中でカブトムシやらクワガタやらと同じ甲虫類である。
昔昆虫採集に燃えていた者らしくエラソーに言うなら「鞘翅目(しょうしもく)」の昆虫である。
この仲間の特徴は体全体がキチン化して硬いことである。
特に前翅が硬い。
その前翅が鞘となって(これを翅鞘(ししょう)という)、その中に薄い後翅を折りたたんで、しまってある。
飛ぶときは翅鞘は羽ばたくためではなくただ浮力をもらうためだけに広げられ、しまってあった後翅を羽ばたかせて推進力とする。
全速力で蛍光灯にぶつかって机に落ちたコガネムシがやがて動き出すのは、硬い鎧が全身を覆っていて、一向傷つかなかったためだが、この仲間は体を硬くして外からの衝撃には抵抗力が付いた代わりに、飛ぶことは苦手になってしまった。
スピードを緩めたり、方向転換することがすこぶる下手である。
たとえば同じ昆虫でもトンボやハエやハチはやわらかな薄い羽根しか持たない。
体は甲虫類に比べてやわらかいが、この仲間は空中においての方向転換が極めて巧みである。
よって、飛んでいるハエをたたき落とすなんてのは、なかなか容易なことではない。
(そういえば、高校時代、吉川英治の「宮本武蔵」を読んでいた竹内信夫君が
「テラニシ、武蔵ちうのはただ者でないなあ!」
と感に堪えないように言うので、
「まあ、そうやな」
と、わりと気のない返事をしたら、彼は憤然として
「おまえ、ちゃんとあの本、読んだんかいや!
あいつは箸で飛んどるハエをひょいと捕まえるんやぜ!!」
と言ったものでした。
たしかに、これは、巌流島の決闘よりすごいことかもしれない。
というわけで、ことほどさように、薄い翅を持つ昆虫は捕まえにくい)
人は鳥を真似て空を飛ぼうとした、ということになっている。
しかしまあ、人間が最終的につくり上げたあらゆる飛行機は、鳥よりも実は甲虫に似ているものであった。
やわらかに羽ばたけく羽の代わりに、浮力をもたらす硬い羽を広げ、機体もまた硬くしなければならなかった。
結果、どういうことになるかと言うと、飛び方はコガネムシと同じことになる。
まっすぐ飛ぶのは上手だが、スピードを緩めたり、方向転換がうまくできないのである。
なんでも、防衛大臣がアメリカでオスプレイに試乗したそうである。
オスプレイ(osprey)というのはミサゴという鳥の名前なのだそうである。
けれどもオスプレイもまた人が作った飛行機である以上、鳥ではなく甲虫なのであろうと思う。
これもまた、あらゆる飛行機同様、基本は操縦を誤れば落ちるようにできているのである。