凱風舎
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UV//////UB

 

 私も、節制とか簡素な生活、満足を知ることなどをめぐって長々と説教したのに、これがまったく無視されていることがそろそろわかってきた。(中略)。わが家の窓という窓にはふたたび、首筋や顔に付ける化粧水がところ狭しとならんだ。屋外では太陽がお肌の敵として恐れられ、屋内では暖炉の火が顔色を悪くすると恐れられた。妻の主張では、あまり早起きしては娘たちが目を悪くする、食事のあと働いては鼻が赤くなるそうで、私にも、手を白くするには何もしないのがいちばんだと納得させてしまった。

 

  ― ゴールドスミス 『ウェイクフィールドの牧師』 (小野寺 健 訳)―

 

 

 5時を回ったばかりだというのに、起きろ起きろとしつこく鳴くヤギコに負けて、ドアを開けると、冬の頃に比べるとずいぶん北に偏って昇るようになった朝日が眩しく玄関の奥まで射しこんでくる。
 今日はよいお天気になりそうだ。
 女の人たちは日焼け対策にたいへんなんだろう。

 そう言えば、昨日寝ころんで読んでいた「むだばなし」と副題のついた『ウェイクフィールドの牧師』というなんとものんきなイギリスの小説に今日引用したようなことが書いてあった。
 18世紀のイギリスのご婦人たちにとっても太陽は「お肌の敵」だったらしい。

 太陽光に含まれるこの「お肌の敵」の正体が《紫外線》というものであることは今や誰でも知っているが、ウェイクフィールドの牧師の妻も娘もそんなことは知らない。
 ただ「太陽」と「暖炉の火」がお肌によくないことだけは経験的に知っていた。
 それで別に何の不自由もなかった。
 だいたい光というものはプリズムを通すと虹の七色に分光することはその頃だって知られていたけれど、
 「虹!まあ奇麗ね」
と言っていればよかった。

 ところが、いったい光というものは何色のところが一番暖かいんだろう、と思った科学者がいたんですな。
 ヒマですな。
 私らみたいに
 「お日さまの光ちうもんは暖かいもんや、と思ってりゃあ、いいじゃん」
とは、思わない。
 なにしろ科学者の仕事というのは分析することですからね。
 何でも調べてみる。
 で、この人、光をプリズムで分光したそれぞれの色のところに温度計を置いてみたんですな。
 なんだか小学生の「夏休みの自由研究」みたいな気楽さですが、実際そうだったらしい。
 ふむふむ、なあるほど、などと実験を繰り返していたあるとき、何も色のない部分に「たまたま」置かれていた温度計の目盛りが一番高くなっていることに気付いたんです。
 おっかしいなあと思いながらも、こんどは意識的にそこに温度計を置いて調べると、何度やってみても、そうなる。
 というわけで、光にはどうやら人間の目には見えない部分もあることがわかったんですな。
 そこが一番暖かい。
 それはプリズムで分けられた赤色の外側の部分でしたので「赤外線」と名付けられました。
 英語で言うと インフラ・レッド(infrared)。
 infraというのは「…の下の」という英語の接頭語ですから、これは分光したとき「赤の下にあるもの」ちうことですな。
 
 赤外線を発見した科学者の名前はハーシェルさん。
 実はこの人、望遠鏡で天王星を見つけた人でもあるんです。
 いずれにしても、この人、肉眼で見えないものを見つけた人なんですな。

 さて、光には「物を暖かくする」だけではなく、「物を変化させる」という働きもあります。
 理科室に並んでいる薬品のビンは透明な物もありますが、茶色いものがたくさんあるのもそのせいです。
 光に当たると中にある薬品が分解して変質してしまうからですな。
 ビール瓶やらワインの瓶に色が付いているのも同断です。

 というわけで、こんどはちがう科学者が、たしか「硝酸銀」だか「塩化銀」だかいう、光に当たると簡単に分解してしまう薬品を使って、いったい光のうちの何色がこいつを分解させるのだろうと実験をしてみました。
 なにせ「赤外線」の例もありますからね、こんどはちゃんと赤の外側にも、そして、念のために紫の外側にもその薬品を置いてみたのですな。
 するとその薬品は紫の外側で変化したのでした。
 これが「紫外線」の発見です。
 英語で言えばウルトラ・ヴァイオレット(ultraviolet)、略してUVですな。

 ところで、UVといえば、先日の金環蝕の時、ふだんの出不精がたたって観測フィルムを買い損ね、前日やって来ていた女子高校生相手に
 「なーに、うちには完璧な紫外線カット製品が台所にごろごろしてるさ」
とイバッたあげく、当日リュックにワインの瓶を忍ばせて外に出たはいいけれど、瓶の曲面によってお日さまは歪んでしまい、両手にワインの瓶を提げて途方に暮れていたおじさんが津田沼古墳公園あたりにいたそうです。
 なんでも二本も瓶を持っていたのは両目に一本ずつ当てるためだとか・・・・。
 そして、実際両ひじ張ってそのような姿勢をとったのだとか・・・・。
 うーん。
 当欄では、その人の名誉のために、この報道をしばらく控えさせていただいておりましたが、今回もあえてその名だけは伏せさせていただきます。

 とはいえ、すくなくともここからわかることは、
  科学史の知識はいかなる知恵をもその人には与えなかった!
ということですな。
 まあ、UB と申しましょうか。
 ウルトラ・バカ 。
 幸か不幸かの曇り日で、その人裸眼で眺めても目を痛めなかったのはなによりでしたが・・・。
 明後日の金星の太陽面通過はどうやって見るつもりなんでしょう。